『BEASTARS』を読んだ感想


ゆとりだ教育改革だなんだと自分を棚に上げて議論するバカな大人達を横目にみつつ、しっかり若い才能は育っていますね。頼もしい限り。

先日、マンガ大賞2018の発表があったそうで、2018年度の最優秀賞たるマンガ対象に選ばれたのが、板橋巴留(パルと読む)さんの『BEASTARS』。

まったく知らなかったので、さっそく現時点での全巻セットを楽天で買って読んでみました。

読んだ感想を一言で言えば、これは大賞とるわ。

よくこのアイデアを思いついて、しかも描き切ってると思います。

偉そうで申し訳ないけど、非常に面白い。

世界は、人間がいなくて、動物達が言葉を話して生きている世界。

その世界のとある学校が舞台。

様々な動物が登場するのですが、言うまでもなく、大きく二つに分かれ、肉食動物と草食動物がいる。

そして、両者が共存していかなくてはいけないことになっているせいで、肉食動物も肉を食べることはご法度とされていて、野菜とかを食べている。

しかし、草食動物が肉食動物に食べられる事件などが学校の外などでは頻発していたり、そもそも、ライオン、トラ、オオカミといった肉食動物たちの方が通常は体が大きく強いので、草食動物は基本的に肉食動物を警戒している。

全寮制の一つの学校で共同生活をしているものの、何かもめ事があると、草食動物対肉食動物の対立になって、肉食動物はいるだけで牙や爪が目立ち、草食動物は群れを成して防衛しようとするのに対して、肉食動物の多くは力で解決しようとなんてしていないのに、自分達を隙あらば暴力に訴える存在として見てくる草食動物たちに辟易している。

もちろん中には興奮して力を誇示しようとする輩もいる。

主人公は、イヌ科最大の体格を誇る灰色オオカミのレゴシという青年。


これがレゴシ。

気弱で虫と遊ぶのが好きで群れるのが嫌いという変な性格ゆえにいつも集団の中ではのけ者的な存在なのですが、如何せん、体格が大きく、肉食動物の中でも有数の強力な噛みつき力と爪をもっているので、幼いころから、陰口を叩かれたりすることはあっても、直接ちょっかいを出されることはなくて、結局いつも一人でいる。

しかし、根は良い奴なので、寮の同部屋の気心知れたイヌ科の友達は気を使ってくれたり仲良くしてくれる。

優しい性格だから、草食動物とは仲良くできるかと言えば、草食動物の多くは、いつも一人でいるオオカミなんて怖すぎて、恐怖の対象でしかない。

この主人公、心優しいのだけど、時々自分の中に攻撃的な本能みたいなものが沸き起こって来たり、それに頭がハイジャックされそうになって悩んでいる。

下記でも紹介する、好意を抱いているドワーフウサギのハルという子(?)が、ルイ先輩とデキていることを知った時に、自分のなかに湧き上がる攻撃的感情と理性の折り合いがつかずに、悩み葛藤したりします。

こういう、社会の一部としての理性的な思考と、自分が持って生まれたものとの葛藤が大きなテーマ。

続いて登場するのが立派な角を持つアカシカのルイ先輩。


これがルイ先輩。

レゴシの所属する演劇部のリーダーで、学校全体のカリスマ的リーダーでもあります。

草食動物ながら、お育ちもよく、立派な外見からも、強烈なカリスマ性を持っていて、肉食動物たちの多くも畏怖の念を抱いていて、言うことを聞いています。

しかし、心の底に、自分は草食動物で、いざとなったら肉食動物に太刀打ちできないという隙間があります。

この葛藤を、王者のメンタリティで握り潰し、クールで絶対的な王者として学園に君臨し続けるのですが、そこらへんがレゴシとの絡みの中で少しづつ綻んでいきます。

そして、ドワーフウサギのハル。


これがハル。

ハルは、全身真っ白なウサギなのですが、言い寄ってくる男子(色んな種族の)の誰とでも寝ます。

そのせいで、学園中の女子から嫌われいじめられています。

しかし、このハル、草食動物の中でも体が小さく攻撃力が弱いというドワーフウサギという種族ゆえに、肉食動物だけでなく、草食動物のからも、気を遣われ保護の対象と扱われる自分の立場を忌み嫌っています。

そして、実際に何もできない自分自身も嫌悪しています。

そんな中で、オスとベットの上で寝る時だけは、相手がだれであれ1対1の対等な関係があることに気づき、それがやめられません。

また、小さな体とは逆に、非常に気が強く、いじめなどは気にせず、ひたすら自分を貫きます。

こんなハルに、レゴシは好意を抱いていしまいます。

次に登場するのが、パンダのゴウヒン。


これがゴウヒン。

本作の世界では、肉食動物と言えども、肉を食べるのは禁止されているのですが、はいそうですかと済むはずもなく、学校の外にある街に行けば、裏通りがあり、そこでは動物たちの肉が売られ、肉食動物たちでにぎわっていたり、また、そこを牛耳るライオン達の反社会勢力がいたりします。

そんな裏通りで精神科医として働くのがゴウヒンで、ほんの出来心から肉を食べてしまい肉食をやめられなくなった肉食動物や、草食動物を襲って食べようとする衝動にさいなまれて頭がおかしくなってしまった肉食動物の治療などをやっています。

このゴウヒン、異種であるウサギのハルに好意を抱いているレゴシをみて、それは本当に恋愛感情なのか、それとも自分より弱い小動物に対する支配欲が歪んで恋愛感情のふりをしているだけなのかどっちなんだと、なかなか深い疑問を突きつけます。

他にもいろいろな登場人物(動物)が登場します。

それにしても、人間は一切出てこないのに、人間社会の本質的な部分を見事に描いているのがすごいです。

まず、実力行使の禁止が建前の社会で、力がいかに人間関係に作用しているのかを見事に描いています。

社会における力の作用について、草食動物対肉食動物という対峙や、肉食動物内でのイヌ対トラといった関係にすることで見事に描かれています。

肉食動物というだけで嫌悪の眼で見る草食動物がいたり、実際にキレやすくてすぐに力を誇示しようとする一部の肉食動物がグループ内で嫌われたり、力の弱い草食動物を守ろうとする肉食動物には、それはそれで嫌悪の眼を向けて「憐れむのはやめてくれ」なんて言ったり、もう人間社会そのままです。

個人の自由や平等といった建前の裏側で確実に働く、潜在的な実力行使の影響が浮き上がってきます。

確か、ヴィトゲンシュタインだったかと思いますが、「仮にライオンが言葉を話せたとしても、人間はライオンを理解することはできない」と言いました。

根本的な価値観が違えば、どれだけ話し合いを重ねても分かり合えないということを言っています。

おそらくこれは人間同士についても言え、容姿が似ているせいで本質が見えにくくなりますが、根本的な価値観が違う場合、実際には異なる動物間でのコミュニケーションくらい距離があって、相互理解なんて到底無理なんでしょうね(理解できないことを相互に理解することこそ重要です)。

そして、実際に異なる動物として描くことで、「話し合えば話し合うほど浮かび上がる価値観の相違」というコミュニケーションの本質の重要な一面が明確にされ、その結果として、話し合いの限界及びそれを受けた現実社会での力の作用が浮かび上がってくるわけです。

また、人間を他の動物と区分して、理性や知性をもつ特別の生き物として扱う西洋的な考え方の間違いを克明に教えてくれます。

動物を主人公にすることで、人間社会も基本的に他の動物と同じような動物社会で、多少の知性があるということがほんのわずかな差を生み出しているのに過ぎないという点が明らかになります。

結局人間も動物でしかないと感じざるを得ないような動物的な要素が人間社会にも色濃くあることを再認識させてくれます。

本当のところ、私たち人間というのは、喋れるオオカミや喋れるシカや喋れるウサギが人間の格好をしているだけなのかもしれません。

IT革命によりコミュニケーションが飛躍的に発達しましたが、当初の理想論とは180度異なり、コミュニケーション量の増大により、人類内での相互理解が進んだというより、あちこちで対立や衝突が激化しています。

その一方で、知識人達は未だに、話し合いによる相互理解が可能という建前を捨てようとせず、どうして一部の人たちは分かってくれないんだと嘆き、トランプ現象やブレグジット現象の原因は、教育制度にあるなんて言い出すところまで来ました。

多様性、多様性と叫びながら、彼らの言うところの「人類普遍の原理」をわからない人間を何とかして社会から絶滅させようと躍起になっています。

そういった時代の本質的な問題をくっきりと浮き上がらせている非常に力作です。

発想がとにかく新鮮でおもしろいです。

そして、その世界観を描き切っている力量に感服します。

ところで、この漫画の作者の板垣巴留さん、公式には表明されていないようですが、グラップラー刃牙の板垣恵介先生のご令嬢であるそうです。

グラップラー刃牙と言えば、人類最強を目指し、様々な男たちが血みどろになって闘う、格闘マンガの金字塔ですが、世間は極めて平和な様相を呈しながら、自分の父親が描いたそのマンガを男子がこぞって読んでいる世界をみて育った女子として、いろいろなことを考えたのかもしれませんね。

この『BEATARS』、論点多すぎて、とてもうまく論評できませんが、圧倒されること間違いないので、ぜひどうぞ。


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