キングダムで学ぶ漢文:史記の白文とその解説:信と王翦その1


信と王翦(おうせん)と蒙恬(もうてん)が登場する部分のその1です。

目次

はじめに

キングダムが空前のブームになっていますが、漫画、アニメ、映画に続いて、史記の該当する部分を読んでみたいと思った奇特な方もいるかもしれませんので、史記の中からキングダムの主要人物が登場する場面を紹介していきます(だいぶマンガとは異なりますが・・・)。

そして、どうせなら白文の読解に挑戦したいと思っています。

そこで、白文と訳の中間に、ヒント付白文というものを用意してみました(無用でしたらすみません)

高校生などの漢文学習者においては、どうしても訓読の練習が中心になってしまうのと思うので、たまには書き下し文にこだわらず、白文の読解に挑戦してみることも面白いと思います。

まずは、信と王翦(おうせん)と蒙恬(もうてん)が登場する部分で、史記の白起王翦列伝第十三からです。

その2とその3は下記です。
キングダムで学ぶ漢文:史記の白文とその解説:信と王翦その2
キングダムで学ぶ漢文:史記の白文とその解説:信と王翦その3

なお私は漢文の専門家ではないのでご容赦ください。古文ならYoutubeで教えていますが。

白文

句読点と地名(と一部の人名)のみ振り仮名あり。

1. 秦始皇旣滅三晋、走燕王、而數破荊師。

2. 秦将李信者、年少壮勇。

3. 嘗以兵數千遂燕太子丹、至於衍水えんすい中、卒破得丹。

4. 始皇以爲賢勇。

5. 於是始皇問李信、吾欲攻取荊。

6. 於将軍度用幾何人而足。

7. 李信曰、不過用二十萬人。

8. 始皇問王翦おうせん

9. 王翦曰、非六十萬人不可。

10. 始皇曰、王将軍老矣。

11. 何怯也。

12. 李将軍果勢壮勇。

13. 其言是也。

14. 遂使李信及蒙恬もうてん将二十萬南伐荊。

15. 王翦言不用。

16. 因謝病歸老於頻陽ひんよう

17. 李信攻平與へいよ、蒙恬攻しん、大破荊軍。

18. 信又攻えんえい破之。

19. 於是引兵而西、與蒙恬會城父じょうふ

20. 荊人因隋之。

21. 三日三夜不頓舎。

22. 大破李信軍、入兩壁、殺七都尉。

23. 秦軍走。

ヒント付白文

1. 秦始皇旣滅三晋、走燕王、而しばしば破荊師。
三晋=趙と魏と韓
而=「そして」的な接続詞
數=数の旧字
荊=楚のこと
師=軍隊のこと(師団の師)

2. 秦将李信者、年少壮勇。

3. かつテ(以兵數千)おフ燕太子丹、至於衍水えんすい中、つひニ破得丹。
數=数の旧字
於=to
衍水=黄河の支流

4. 始皇以爲賢勇。
「以」の後の李信が省略。

5. (於是)始皇問李信、吾欲攻取荊。

6. (於将軍はかルニ)用幾何いくばく人而足。
度=「見当をつける」の意味(忖度の度)

7. 李信曰、不過(用二十萬人)。

8. 始皇問王翦。

9. 王翦曰、(非六十萬人)不可。

10. 始皇曰、王将軍老矣。

11. 何怯也。

12. 李将軍果勢かせい壮勇。
果勢=思い切りが良く勢いがある(勇猛果敢の果)

13. 其言也。

14. ついニ使李信及蒙恬(将二十萬)みなみノカタ伐荊。
使=使役の助動詞、南は副詞

15. 王翦言不用。

16. よッテ謝病歸老きろう頻陽ひんよう
歸老=故郷に帰って隠居すること
於=to

17. 李信攻平與へいよ、蒙恬攻しんおおイニ破荊軍。
寝は地名

18. 信又攻えんえい破之。

19. (於是)引兵而西、蒙恬會城父じょうふ
西は動詞

20. 荊人よッテしたがフ之。

21. 三日三夜不頓舎とんしゃ
頓舎=寝泊りすること

22. おおイニ破李信軍、入兩壁、殺七都尉。

23. 秦軍走。

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直訳的通訳

1. 秦始皇旣滅三晋、走燕王、而數破荊師。
秦の始皇帝は既に趙・魏・韓を滅ぼし、燕王を敗走させ、そして(而)、しばしば楚軍を破っていた。

2. 秦将李信者、年少壮勇。
秦の将軍であった李信という者は、若いが勇猛であった。

3. 嘗以兵數千遂燕太子丹、至於衍水えんすい中、卒破得丹。
かつて、数千の兵で燕の太子である丹を追い、衍水の中まで入り、ついに太子丹を破り、その首を得た。

4. 始皇以爲賢勇。
始皇帝は(李信を)賢く勇敢であるとみた。

5. 於是始皇問李信、吾欲攻取荊。
そこで、始皇帝は李信に尋ねた、「私は荊を攻め取りたいと欲している

6. 於将軍度用幾何人而足。
将軍が見積もるところ、何人の兵士を用いれば足りるか。」

7. 李信曰、不過用二十萬人。
李信が言うには、二十万人用いることを超えることはない。

8. 始皇問王翦。
始皇帝は王翦に尋ねた。

9. 王翦曰、非六十萬人不可。
王翦は言った、六十万人いなければ不可能であると。

10. 始皇曰、王将軍老矣。
始皇帝は言った、王将軍は老いたな。

11. 何怯也。
なぜ臆病になったのか。

12. 李将軍果勢壮勇。
李将軍は勢いがあり勇敢である。

13. 其言是也。
(李将軍の)発言は正しい。

14. 遂使李信及蒙恬将二十萬南伐荊。
結局、李信と蒙恬を兵二十万の将として、南方で、荊を伐たせた。

15. 王翦言不用。
王翦の意見は採用されなかった。

16. 因謝病歸老於頻陽ひんよう
そこで、病気と称して、頻陽で隠居した。

17. 李信攻平與へいよ、蒙恬攻しん、大破荊軍。
李信は平與へいよを攻め、蒙恬はしんを攻め、大いに荊の軍を破った。

18. 信又攻えんえい破之。
李信はさらに、えんえいを攻め、之を破った。

19. 於是引兵而西、與蒙恬會城父じょうふ
そこで、兵を引き上げて西に向かい、城父で蒙恬と合流した。

20. 荊人因隋之。
そこで、荊の兵はこれを追った。

21. 三日三夜不頓舎。
(荊の兵は)三日三晩に渡り休息を取らなかった。

22. 大破李信軍、入兩壁、殺七都尉。
李信軍に大勝し、城の両壁から侵入し、都尉を7人殺した。

23. 秦軍走。
秦軍は敗走した。

漢文学習メモ

漢文はSVO

漢文は、日本語と異なり、英語のSVOのように、主語、動詞、補助語という順番が原則です。

これを意識しないと間違えることがあります。

例えば、1行目の「走燕王」。

これは、走燕王となり、書き下し文では「燕王」が先に登場しますが、あくまで漢文の順番はSVOですから、動詞の後に登場する「燕王」は主語ではなく、補助語です。

つまり、走燕王を「燕王走る(敗走する)」と理解するは間違いで、「燕王を走らせる(敗走させる)」となります。

他方で、 15行目の「王翦言不用」の場合、「王翦の言」は動詞である「用いる」の前にありますから、これは主語です。

したがって、「王翦の言用いなかった」と訳すのもダメで、「王翦の言用いられなかった」と受け身で訳す必要があります。

於是

ここに於いてと読み、「そこで」「だから」などの意味。

東西南北

東西南北はいずれも、名詞、動詞、副詞の3つがあります。

名詞:東(そのまま)
動詞:東す(東に向かう)
副詞:東のかた(東の方で)

これは、西でも北でも南でも全て同じです。

亦又復

亦、又、復は3つとも「また」と読みますが、意味は微妙に異なります。

亦はA&Bのような並列的な意味の「また」
又は既にある何かに加えてという意味で、「さらに」の意味
復は繰り返しで、二度目の意味。

従って、 18行目の「信又攻えんえい破之。」はその前の「李信攻平與へいよ」を受けていて、「さらに」の意味。

使役

「使AB」を「AをしてBしむ」と訳すのは基本です、実際には、AとBの間に余計なモノが入ってきます。

しかし、「Bの主体がA」という関係が分かっていれば、Bを見つけることができます。

14行目の「遂使李信及蒙恬将二十萬南伐荊」

Aは人なので、李信及び蒙恬ですが、Bに相当するのは「伐つ」です。

李信及び蒙恬をして二十萬の将とさせて・・・とはなりません。

参考文献

明治書院の新釈漢文大系(88)史記8列伝1