アビガンの話


たまには理系の話を書いてみます。

もはやパニック寸前ではなくパニック状態ともいえるコロナ騒動。

そんな状況ですから、もともと理系とは言え、平安時代や江戸時代の本ばっかり読んでる身としては、適当な情報を書くのは控えていたのですが、百人一首の話ばっかりというわけにもいかないので書いてみます。

なにより、最近は情報は増えても、分かりにくい情報が多いですからね。

エビデンスや精密性にこだわるのも大事ですが、枝葉の揚げ足取りを恐れて、ポイントの伝わらない記事を書いても仕方がないと思いますけどね。

なので、以下は科学風読み物として読んでください。

まずは、日本政府の切り札と呼ばれる、アビガンという薬の話。

伝家の宝刀は抜かぬが吉と言いますが、これ効くんじゃないかと期待しているのは私だけ?

ウイルスというのは、生物なのかどうか、生きていると言えるのかどうか、非常に怪しい物体です。

殻の中に遺伝子を持ってるだけ。

呼吸するわけでもなければ、栄養を摂取するわけでもなく、何の代謝もなく、もちろん細胞分裂どころか、細胞と呼べるようなものすらない。

薬局で売ってるカプセル錠を想像してもらうのが一番よくて、あんな感じで、カプセルの中に遺伝子といくつかの化学物質が入っているだけ。

「自己増殖する」という機能に注目すれば生物なわけですが、構造的にはいくつかの化学物質の集合でしかありません。

しかし、人間などの動物の体内に入ると、そのカプセルが増殖し、咳やくしゃみで飛んでいくということで感染する。

では、なぜ人間の体内で増殖するかと言うと、自分の遺伝子を人間の遺伝子に紛れ込ませる化学物質をもっていて(というか遺伝子とそれだけがカプセルの中に入っている)、人間に寄生するような形で自分を生産させるからです。

さて、以下では科学風読み物ですから、遺伝子とかDNAといった言葉の細かい定義にはこだわりません。

遺伝子はDNAです(キリッ‼)。

人間の遺伝子はDNAと呼ばれる二重らせん構造の物質です。

縄ばしごがねじれているようなCGを見たことがある人も多いかと思います。

二本の鎖がくっついてねじれているわけですが、なぜ、二本鎖なのか。

実は、DNAの構造というのは非常にシンプルで、A、T、G、Cという4種類の物質だけで出来ています。

そして、AとT、GとCはペアーです。

つまり、1つの鎖のある部分が、AAATTTと並んでいれば、向かい合う鎖ではTTTAAAと並んでいます。

GとCも同様ですから、AATTGGCCと並んでいれば、相方は、TTAACCGGとなっています。

このペアー構造が重要で、なぜかと言えば、何らかのショックで一か所が壊れても、相方を見れば、どのように直すべきかが明らかで、すぐに直せるからです。

また、細胞分裂するときには、DNAも複製しないといけませんが、ただ二本鎖をほどくだけで、AにはTをつければよく、相方のTにはAをつければいいということで、複製も簡単です。

そして、このATGCの並び順が遺伝情報と呼ばれるもので、その並び順で、色んな情報が保存されています。

二本鎖と言っても、一方が決まればもう片方は自動的に決まりますから、遺伝情報の保持のみを考えれば、片側だけで十分ともいえ、二本鎖でペアーを作るのは、壊れそうになっても、自己修復できたり、複製するときに間違いが起こりにくい仕組みがあるということです。

そして、ウイルスというのは原始的で、この遺伝子が、RNAと言って一本鎖なわけです(本当のこと言うと、ウイルスにも色々いるんですが)。

そのおかげで何らかの刺激で変異しても、自己修復しませんから、毎年新しいタイプや、薬に対抗して生き残るウイルスが出てくるわけです。

スポンサーリンク

もっとも、そこに弱点があります。

動物の遺伝子はDNAという二本鎖ですから、ウイルスが自分の遺伝子を宿主に潜り込ませて自分を大量生産させるには、宿主の細胞に入り込んだ後で、自分の一本鎖RNAを二本鎖のDNAに変換しなくてはいけません。

これは、原理的には簡単で、自身のRNAがATATGCGCであれば、宿主の細胞内に散らばっている、A、T、G、Cを集めてきて、向かい合うようにTATACGCGと機械的に並べでくっ付ければ良いだけです。

そうして、二本鎖にしてから、宿主のDNAに潜り込ませます(この仕組みは省略)。

しかし、原理的には簡単とは言え、一本鎖RNAを二本鎖DNAに増やすためには相方のAやTやGやCをかき集めて繋げていく、「逆転写酵素」と呼ばれる物質が必要で、これはもともとウイルスのカプセルに入っている物質です。

人間はもともと二本鎖DNAですから、一本鎖RNAを二本鎖DNAにする酵素など体内に持っておらず、ここだけはウイルスが自前で用意しておかなてはいけません。

察しの良い人はお気づきかもしれませんが、この酵素を攻撃できれば、ウイルスが宿主のDNA内に自身の遺伝子を紛れ込ませることを止めることができるようになります。

しかも、この逆転写プロセスは、人間の体内には元々ないプロセスですから、副作用もないはずなわけです。

そして、それをするのがアビガンという薬です。

逆転写酵素になりすます、詐欺師的な物質で、AATTGGCCという一本鎖の向かい側に、TTAAと順番に相方が集まってくるはずが、ゴミ物質をくっつける機能をもっていて、TTAXで止まってしまい、一本鎖RNAが二本鎖DNAになるのを防ぎます。

そうして、ウイルスのRNAが細胞内でDNAに変換されて、人間のDNAに潜り込んで生産されるという仕組みを、最初の段階で止めるわけです。

つまり、この薬、エボラだろうが、インフルエンザだろうが、新型コロナだろうが、一本鎖RNAを持つウイルスであれば、原理的にすべてに効くはずと言えます。

すごい薬です、これ。

もっとも、仕組的にあくまで投薬以後のウイルスの増殖を妨害する薬であって、ウイルスが引き起こす各種症状との闘いは別問題ですし、既に感染した細胞には効果がないので、初期段階や、下手すれば予防薬として機能する薬と言えます。

また、原理的にすべての逆転写酵素をもつウイルスに効くはず、人間の中に影響を及ぼす仕組みがないから副作用がないはずといっても、摩訶不思議な人間の体、何が起きるのかはわかりませんから、新型コロナに聞くかどうかは分かりませんし、また、思わぬ副作用が報告される可能性もあります。

特に、RNAにくっつくということは潜在的にはDNAにくっついてしまう可能性もあり、一本鎖RNAにしがみつくということは、人間のDNAが複製されるときに二本鎖がいったんほどけるわけですが、そのときにくっついてDNAの複製がうまくいかなくなる、すなわち細胞分裂に影響を及ぼす可能性は素人でも思いつきます(既に催奇性ありとして妊婦への投与は禁忌)。

物理や化学と異なり、最終的にやってみないとわからないことの方が多いのが、生物系の恐ろしいところでもあり、面白いところでもあります。

伝家の宝刀として抜かれずに今に至りますから、報告自体が少ないわけですが、そうはいっても、海外でエボラ出血熱に何回か使われていて、初期で使えばかなり効果的という報告があるようです(その一方で症状が進行してからの投与はほとんど効果が無いようです)。

今から、20年ほど前になりますが、私が生物大好きな高校生だったころ、生物の先生が、がんとエイズという病気が如何に恐ろしい病気かという話を仕組みの面からしてくれたことがあります。

しかし、そうはいってもエイズは薬で治せる時代が来るだろうと言っていて、その時に、この、ウイルスにしか存在しない逆転写酵素を叩けば何とかなるんじゃないかというアイデアが注目されているという話をしてくれて、なるほどなー、と感心したのを今でも覚えています。

そして、話題のアビガンを調べてみたら、いつの間にやら製品化し切り札として備蓄されるところまで来ていたのかと感慨深いものがあったので記事にしてみました。

効くといいんだけど。