書評:『ファクトフルネス』を読んだ感想


話題の本『ファクトフルネス』の書評です。


はじめに

最近話題の『ファクトフルネス』を読み終えたので感想を書いてみます。

本の性質上、ネタバレがいくつかあるのはご了承ください。

この本は、ビルゲイツが絶賛したことで一躍有名になった本で、ビルゲイツは感動しすぎて、2018年にアメリカの大学を卒業したすべての希望者にこの本の電子版を無料でプレゼントしました。

そんな本ですが、著者はハンス・ローリングというスウェーデン人の医師であり、公衆衛生学の専門家です(息子オーラとその妻アンナも共著者ですがメインではないので以下ハンスが単著者のように書きます)。

ファクトフルネスというのはハンスの造語ですが、要するに、事実に基づいて考えて行動する、という意味です。

著者について

ハンスは、医師ですが、約2年ほどモザンビークに赴任して地域担当医師として劣悪な環境で医療活動に従事し、その経験から公衆衛生の専門家へとなる人です。

その時の特徴的なエピソードが本の中で語られます。

当時のモザンビークでは、日に何人もの乳幼児が重篤な状態で病院に運び込まれ、約20人に1人はそのまま死んでしまいます。

しかし、ハンスは運び込まれた子供たちに、生理食塩水や栄養剤を点滴するという最低限の治療しかしません。

たまたま病院に遊びに来ていたスウェーデン人の医師から何故一人一人の子供の治療に全力を尽くさないのかと非難され大喧嘩になります。

なぜ、ハンスは病院に運び込まれてきた子供たちに最低限の対処療法しか施さないのか。

それは、当時のモザンビークでは、病院の外で死ぬ子供の方が圧倒的に多かったから。

病院で目の前に子供の治療に忙殺すされることよりも、担当地域をまわり、子供たちや親への啓もう活動をして、地域全体の衛生環境の向上を図る方が重要であることに気づいていたからでした。

確かに、医師としてはつらい決断だったようですが、データに基づいて考えれば、自分が何をしなくてはいけないかは明白だったと述べています。

そういった経験から、公衆衛生学の研究者の道を歩み始めます。

そんな著者が、一時の感情や、本能、思い込みなどではなく、事実に基づいて冷静に行動することの重要性を説くのがこの本です。

本の内容

この本では、著者の専門分野である公衆衛生分野のデータを中心に具体例を挙げながら、ファクト(事実)を調査することと、ファクトに基づいて客観的に判断・行動することの重要性が語られます。

私たちは皆それなりの教育を受けていますし、ある程度社会のことを知っているかのように社会について語ったりしていますが、実は全然知らなかったりします。

そして、公衆衛生の専門家として著者は様々な場所で公演しているうちに、比較的優秀とされている人たちでさえ、全然正しい知識を持っていないことに気づいたそうです。

例えば、以下3つのクイズ

1.世界全体の平均寿命は何歳?
2.世界全体で何らかの予防接種を受けている1歳児の割合は何%?
3.世界全体で30歳の男子が受けている学校教育は平均年数は10年だが、女子の場合は何年?

答え
1.70歳
2.80%
3.9年

おそらくほとんどの人は、悪い方向で間違えると思います。

この手のクイズがたくさん登場しますが、実際には全て3択で出題されているからチンパンジーでも33%の正答率があるはずなのですが、先進諸国の人々はほぼすべての問題で33%以下の正答率であり、しかも、ノーベル賞受賞者、国連幹部、グローバル企業の役員などのエリート層でもひどい正答率であったことが紹介されます。

このように、いかに私たちが、世界について間違った知識というか、偏見や思い込みを持っているかからこの本は始まります。

そして、正しい知識を紹介するというよりも、どうして私たちが、間違った知識をさも正しいかのように信じているのかを説明していきます。

上記の3つのクイズだと、私たちが間違う根本的な理由は、アフリカや中東地域への偏見にあるわけですが、特定の地域に先入観を持ってしまったり、アフリカ=貧しいままといった単純化をしてしまったり、世界は悪い状況のまま変わっていないとドラマチックな結論に引き付けられたりするからです。

そういった、間違った知識に誘引される理由を、ネガティブ本能、単純化本能とか、10個の要因に分けて具体例を挙げながら解説していきます。

したがって、この本は、正しい知識に基づく判断・行動の重要性を説く本ですが、正しい知識を紹介する本というより、自分達が持っている間違いに陥りやすい本能を説明しながら、事実を客観的に捉える方法論を説いていると言ったほうが正確だと思います。

つまり、データとの付き合い方を解説する本です。

グラフを見たときに勝手に直線的に延長して未来予測をしてしまったり、先進国と後進国みたいな極端に単純化した考え方を採用したり、復号的な問題においても根本原因はこれなんだとドラマチックな解釈をしたり、具体的なファクトに基づいて、いかに私たちがファクトから間違った結論を導き出すかをわかりやすく解説しています。

その点だけみるとと、ぶっちゃけ、超名著『ファスト&スロー』に間違いなく分が上がるのですが、『ファスト&スロー』は完全に心理学や行動学の本であるのに対し、この本はあくまでトピック限定の具体的で、世界全体の貧困や衛生といった問題に対し、実際に私たちがどれくらい勘違いしているか具体的に気付きながら読めるので、へーそうなんだー、と興味深く読めます。

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世界に関する単純なクイズに基づいて、「ええ!そうなの?」と、自分は本当に何も知らないんだなと気づかされ、しかも、なぜ自分が間違った思い込みをするに至ったかを解明してくれる所が非常に面白いです。

だけども

しかし、読んでいて引っかかるところもあります。

まあなんていうか、典型的な欧米のエリートが書いた本だなという点です。

何の疑いもなく進歩的です。

世界は悪い面も多々あるが、貧困問題や公衆衛生問題など、劇的によくなっている点もたくさんあることが紹介されます。

そして、そういう時に、自分達西洋諸国だけが豊かな生活を享受しているわけではなく、それ以外の地域も「追いついてきている」という表現を当たり前のようにします。

自分達の方向性に疑いはないわけです。

高校の国語の授業ではありませんが、アジアと西洋では時間認識が違います。

アジアでは元号がありますし、日本では十干十二支なんていって60年で1サイクル、親から子、子から孫へと、なんだかんだ言いながら歴史は繰り返す的な思想があります。

しかし、西洋では西暦と言って、キリストが生まれた0年から始まり、光陰矢の如しじゃありませんが、矢のように一直線に時間は進み、すなわち、社会は進歩していくという考えがあります。

この本の著者もそういった思想に染まりきっていて、当然のように、社会を進歩していくものととらえ、進んでいる国の人間として、考えています。

問題は、方向性は一つしかないのかという点です。

もちろん、レベル1と呼ばれる最貧困の人々が減っていることは良いことですし、乳幼児の死亡率が下がっていることは間違いなくいいことです。

しかし、この本の中で、世界においてよくなっている指標の一つとして、死刑制度がしれっと登場する箇所があります。

世界全体で減少している16個の悪いこととして、自然災害による死者数などが年々減少していることを示して、世界は少しづつ良くなっていることを示すわけですが、その中に死刑制度を採用している国が減少しているデータを示して、「世界は良くなっている」と当然のように語っています。

テロや通り魔など無差別的に人を殺した人間は原則死刑にすべきと考えている私としては、凶悪殺人鬼を生かしておく国が増えて、どうして世界がよくなっているのかわかりません。

私としては納得いかないのは16個の指標のうちこの1つだけなのですが、事実認識の重要性や、事実に基づく判断・行動の重要性を説きつつも、事実の解釈という問題には触れていないところには少し怖さを感じました。

ニーチェの名言を引用します。

「存在するのは事実だけであると主張する実証学者に私は言いたい。それは間違っていると。事実こそが存在しないのであり、存在するのは解釈だけである」

この本を読みながらこの言葉を何度も思い出しました。

そうすると別の視点も見えてきます。

世の中は少しずつよくなっているのに、私たちの多くはなぜ現在、世界は悪い方向に進んでいると考えているのか。

この本によると、私たちにはネガティブ本能なるものがあり、悪いことばかりに目を向け物事を悲観的に捉える傾向があるからということになるわけですが、そうではない気がします。

例えば、女子の教育に関して男子と差別する必要はありませんし、そんな差別があれば改善すべきと私は考えます。

しかし、世界には女子の生き方に対しまったく別の価値観を持つ宗教社会があり、その中で生きる人たちと私たちがどう共存していくかについて解決策がないから社会はグローバル化すると同時に混迷を深めているわけです。

これは一つの例でしかないですが、別の価値観を持つ社会に間違っていると改善を迫ることや、もっと控えめにするとしても、その社会の内部で変革しようと活動している人たちをその社会の外部の勢力が応援することは果たして良いことなのでしょうか。

その点、自分達を当然のように「先進」的ととらえるこの著者のような欧米人を見ると、あんたらみたいのがいるから・・・とつぶやきたくなります。

事実の解釈が一致して入れば話は簡単なのですが、根源的なところで不一致があった場合にどうするのか。

事実を調査し、事実に基づいて判断・行動するとしても、事実の解釈が一致しないような価値観の違う人間とどう共存していくのか。

この本では、そこは100%スルーされます。

どうせならそこにも突っ込んでほしかった。

まとめ

最後ちょっと批判的になりましたが、全体を通してみると間違いなく面白い本です。

テーマは公衆衛生という、理系的というか、答えのある世界の話が多いので、納得いくことがほとんどです。

特に、この著者の言うように、世界の動きについて自分が何も知らないことにびっくりしながらも、恥ずかしくなってきます。

知的好奇心をしっかりと満たしてくれます。

そこが一気に読み通せる最大の要因だと思います。

また、事実に接したときの考え方に関しては、いろいろと気づかされる点も多いです。

何より、この著者の人生が結構波乱万丈で、登場するエピソードがどれも面白いです。

そんな『ファクトフルネス』でした。

おわりに

最近話題の『ファクトフルネス』の書評ですが、ネットで調査したら絶賛している記事しか見当たらなかったので、批判のトーンは抑え目で書いてみました。

この本は良い本なのか、また、この本が広く世界で読まれることが良いことなのか。

ファクトはどうなんでしょうか。

そんなの、個人の感想・価値観であってファクトでは無いのだとしたら、ファクトフルネスが解決するのは物質的な問題だけかもしれませんね。

この記事書きながら、私が大学院に通っていたころの友人との話を思い出しました。

当時の私はバリバリの理系人間で、文系の友人に、自分は文系の人間なんて「理系の人間マイナス理系の知識」くらいにしか思っていないと言ったところ、答えを知りたがるのはバカの証拠と言われました。

もちろん、当時の私は研究活動をしていたので、答えのない実験に明け暮れていて、何を言ってるんだと反論しましたが、でも、見つかっていないだけで、どこかに答えのある問題を解いてるんだろと言われました。

確かにそうなのかもしれません。