チュートリアル徳井さんの脱税事件の話


これは面白い事件ですね。

先日、人気漫才コンビであるチュートリアルの徳井さんが所得隠しと無申告で国税庁から指摘を受けていたことが判明しました。

自分の収入や経費を、個人で設立した資産管理会社にプールしていたものの、その会社の申告を3年間していなかったようです。

この点に関して、国税庁から指摘と追徴課税を受けて既に申告及び納付は済ませたそうですが、税務調査で一部指摘を受けたとかではなく、そもそも3年間、申告すらしておらず1円の納付もしていなかったという事態にも関わらず、青汁王子のように逮捕・起訴されて刑事罰を受けない点について疑問の声が上がっているようです。

なので、その点について考えてみます。

まず、世の中の罰則には大きく種類あります。

刑事罰と行政罰。

まず、刑事罰というのは、死刑とか懲役とか罰金刑のことですが、これらを課すには必ず刑事裁判が必要で、検察が起訴し、被告人には弁護人と共に公開法廷で自分の言い分を述べる機会が与えられ、そして、両者の言い分を聞いた上で公正な第三者たる裁判官が判決として刑を宣告しなくてはいけません。

その点、行政罰というのは、国税庁や警察が、一方的に課す(科す?)ことができる罰則です(もちろん弁解の機会が与えられたりすることも多いし、必ず不服申し立てはできるし、憲法上「裁判を受ける権利」がある以上最終的には裁判で争うことになる)。

代表的なものに、保健所が行う飲食店の営業停止処分とか、警察による免許停止処分などがあります。

もっとも、行政罰を受ける場合には、刑事罰を受けないのかと言えばそんなことが無いのは交通事故を例に考えてみれば明らかなように、軽微であれば免許停止だったり行政罰を受けるだけですが、それだけでは済まないと判断されれば検察庁に報告され、免許取り消しなどの行政罰とは別に、起訴・刑事裁判を経て罰金や懲役と言った刑事罰を科されます。

なお、駐禁とかスピード違反の場合の反則金というのは、ただの言葉遊びですが、あくまで「反則金」であり「罰金」ではないので、刑事罰ではなく、刑事裁判手続きは不要で行政罰です(この二つの関係は複雑なので省略)。

そして、国税庁が課す追徴課税も行政罰です。

この税法上の罰則は、利率で定められているのが特徴です。

以下、かなり簡易化して説明します(間違いあったらすみません)。

ある年に、所得が1,000万で、その30%の300万円を申告・納付をしていたとします。

その1年後に税務調査を受けて、海外視察という名目で研修費扱いしていた海外旅行が、実は奥さん子供を連れて行ってたことが税務署にバレ、こんなものはただの家族旅行であり、会社の経費ではないと、200万円の経費を否認されたとします。

とすると、費用の200万円が否認されたので、所得は1,000万円ではなく1,200万円だったことになりますから(これをもって所得隠しと言われる)、納めなくてはいけない税金は1,200万円の30%で360万円だったことになります。

そして、もともと300万円しか納めていなかったので、本来納めるべき金額との差額である60万円を納めることになります。

もっとも、60万円納めればそれでいいのかと言えばそうではなく、延滞税といって、14.6%の利息付きで納めます。

これは、本来納めるべき金額の納付が期限より延滞したことに対するペナルティです。

また、自分で間違いに気づいたのではなく、税務調査で指摘された場合などは、過少申告加算税としてさらに15%払います。

これは、納税額を過少申告したことに対するペナルティです。

したがって、以上の例の場合、本来360万円のところを300万円と60万円過少申告し、その納付を延滞しているわけですから、延滞税と過少申告加算税も併せて、ちょうど1年後の納付だとすると(実際は日割り計算)、60万円×129.6%で77万円払うことになります。

もっとも、200万円の経費否認について、国税庁が特に悪質だと判断すると、過少申告加算税の代わりに重加算税という35%のペナルティが代わりに登場します。

したがって、延滞税と重加算税を合わせて、60万円×149.6%で89万円払うことになります。

また、上述の例で言うと、そもそも税務調査後の所得は1,200万円ですが、それについて、今回の事件のように申告すらしていない場合は「過少申告」ではなく「無申告」ですから、より悪質ということで、無申告加算税として20%のペナルティが課せられます。

これは、申告をしていないことに対するペナルティです。

この場合、そもそも1円も払っていないわけですから、実際は日割りですがぴったり1年間だったとすると、360万円×134.6%で484万円納付することになります。

そして、この場合も、無申告だったことが特に悪質だったと判断されると、重加算税が課せられ、今度は40%の税率が課せられます。

したがって、ぴったり1年間だとすると、360万円×154.6%で554万円納付することになります。

こうして計算してみるとわかるように、無申告で重加算税を取られるケースは結構重く約5割の利息をとられます。

もっとも、複利計算はされません。

徳井さんの場合も、悪質ということで重加算税を取られているらしいですが、3年間分ですから、毎年100万円の納付が必要だったとして、きっちり払っていれば300万円で済んでいたものの、簡易計算しても、

3年前の分:100万円+100万円×0.5×3年間=250万円

2年前の分:100万円+100万円×0.5×2年間=200万円

1年前の分:100万円+100万円×0.5×1年間=150万円

本来300万円のところ、合計で600万円と、約2倍払うことになっていると思います。

このように、徳井さんの場合、3年分重加算税を課されていますから、本来払うべき税金より相当多めに支払う羽目になっていると思います。

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とはいえ、税法には、行政罰とは別に刑事罰も用意されていますから、悪質な税法違反の場合には、国税庁による行政罰に加えて、国税庁が検察庁に告発し、検察による刑事手続きが進行するはずです。

しかし、今回は悪質ということで重加算税を課されているにもかかわらず、検察庁への告発まではされず、徳井さんは逮捕・起訴に至っていないようです。

いったいこれはなぜなんでしょうか。

私が思うに、これやっぱり、ただただ、「バカだっただけ」だからなんだと思います。

明日やろう、明日やろうと、思っていながら、想像を絶するルーズさにより放置してしまった、みたいな言い訳をしていて、そんなバカな話があるかと思うのが普通ですが、そんなバカな話なんだと思います。

これ、国税庁もびっくりの事案だと思います。

なぜそう思うかと言うと、所得を上げていながら、過少申告するどころか、申告すらせずに、一円も納付していなかったというのは、悪質と言えば悪質で、超悪質といえるのですが、実は見方によっては、バカなだけで悪質ではないとも言えるからです。

というのも、悪い人は皆、きっちり申告・納付をするから。

顧問税理士つけてきっちり申告・納付をしているようで、税務調査で調査官が帳簿をひっくり返していく中で、二重帳簿や隠し口座が見つかったりして、巧妙な操作・隠ぺいが見つかるというのが、本当に悪質な脱税の事例。

その点、このケース、会社というのは設立時に法務局に登記するし、同時に所轄の税務署に開業届を出すので、申告しないと必ずバレます。

税務署は所轄の会社の一覧をもっていて、申告書が出ていない会社なんて、現代のようなデータベースがない時代でもすぐにわかる事態ですから、会社が無申告でそのまま逃げるなんて絶対にありえません。

そして、無申告がバレると、上述したようにかなりの確率で延滞税や重加算税が加わり、実質的に年50%くらいの利息をつけて納付しますし、事実上税務調査状態になって必ず調査官にお土産を持って帰られることになるので、悪い人ほど絶対に無申告なんてしません。

国税庁的からしてみれば、悪質な脱税というのは、きっちり申告・納付していて、さらに綺麗な帳簿があるのに、裏で巧妙に操作がされているもの。

そこの巧妙な帳簿操作・隠ぺいにこそ、「故意性」、すなわち国税庁ひいては国をだまそうという、脱税の悪意・悪質性の本質があります。

そう考えてみると、今回の事件は、本当にバカだっただけで、稼いでいながら税金を払わないなんていうのは悪質といえば悪質だから重加算税はとるんだけど、それ以上の刑事罰まで要求するような事例ではないと判断したのだと思います。

自覚していたわけですから「無申告の故意」は間違いなくあるし、このまま無申告でいれば税金は払わないで済むのかなという「淡い妄想」ともいえる「モラトリアムな脱税の故意」はあったのでしょうが、国税庁や国をだまして税金をちょろまかしてやろうという意味での「積極的な脱税の故意」があったかと言われると、ない。

そこが、刑事罰が科されない分岐点なんじゃないかな。

会社を設立して税務署に開業届を出した以上、申告書が無ければ必ず税務署は連絡してきますから、脱税しようとする人で無申告なんてありえないし、パラドクスみたいですが、無申告にした時点で、脱税の悪意がないともいえる気がする。

私は徳井さんのファンでもなければ何でもないですが、これ本当に想像を絶するルーズなだけだった話で、本当に「そんなバカな」という話なんだと思います。

そして、そのバカな行動の対価として、相当余分に税金を支払う羽目になっている。

個人的には、刑事罰を受ける案件ではないと思います。

金額的にも、そのせいで国家の何らかの事業が止まるような話ではなく、結果として、利息付きで本来の二倍以上の金額を納めさせられたであろうから、それで手打ちにしてあげたらいいと思います。

被害者のいる人身事故とか反社との付き合いとは別次元の話だと思うけどな。

なお、青汁王子の場合は執行猶予付きの懲役刑を受けていますが、下記の記事の最後の方に書いたので省略します。
なぜ電車の定期券は九月中に購入した方が得だったのか

最後に、多くのメディアが、「現在徳井さんは既に修正申告及び納付を済ませている」と報道していますが、今回の事件は無申告の案件であり、そもそもの申告がされていないわけですから、徳井さんが済ませたのは「修正申告」ではなくただの「申告」です。

これ税法の試験だと減点される(どうでもいい知識)。