黄色いベスト運動とノートルダム寺院の寄付の話


問題はどちらにあるのでしょうか・・・


はじめに

先日のノートルダム寺院の火災を受けて、即座にフランス国内の富豪たちから10億ユーロ(約1300億円)を超える多額の寄付が集まったようです。

それだけなら良い話で終わるのですが、それにブチギレたのは例の黄色いベスト運動の人達。

経済格差問題は放置しておきながら、文化財保護には多額の金を出すのか、「人間より石が優先されるのか」と猛反発して、大規模デモ行動が始まっています。

これを受けて労働運動に熱心なリベラルな連中が、ついに文化財の寄付まで妬みだしたのかと批判的に捉える見解もありそうですが、この問題に関しては、彼らはそこまで追い詰められているのかもしれないと考えなくてはいけない気もします。

そして、原因を考えていくと、日本にとっては対岸の火事ではないと思うので、そこら辺を考えてみます。

なお、フランス詳しくないので間違いあったらごめんなさい。

参考文献

参考にするのは、フランス人人類学者で今や時代の寵児でもあるエマニュエル・トッド氏の、『シャルリとは誰か』です。

少し古いし、難しいのですが、フランス社会について良く分析していると思うのでそれを参考にしてみます(全然読み込めてないですが)。

シャルリとは、「私はシャルリ」運動のシャルリです。

2015年に、『シャルリ・エブド』というアナーキーな雑誌が、イスラム教の象徴的な存在を冒涜する風刺漫画を載せ続け、それを受けてテロリストが編集部に突入して、多数の死傷者を出した事件がありました。

それを受けて、フランスでは大規模な連帯運動が起き、テロに屈しない国民の連帯を表明したのは何も問題ないのですが、それだけでなく、表現の自由さらには「他者の宗教を冒涜する権利」なる権利まで主張する運動でした。

日本をはじめ多くの国では、大手メディアがこぞって問題となった風刺漫画の転載を拒み、テロは絶対に許せないとしても、問題となった風刺漫画も決して許されるものではないという論調だったのですが、当のフランスでは全国的な大規模なパレードが発生し、「一つのフランス」を強調していました。

しかし、本当にフランス人全員が「他者の宗教を冒涜する権利」なるものを掲げる「私はシャルリ」運動に賛同したのか。

そこを鋭く分析したのがこの本です。

この人は、フランスを人類学的に分析していきます。

フランスとは一つの国ですが、実は多様な地域が集まっていて、地域ごとの特性は大きく異なります。

まず家族構造に着目すると、伝統的な家族の在り方が地域ごとに違い、大家族を形成する地域と核家族型の地域、長男が優遇される地域と姉妹兄弟がみな平等な地域などがあります。

そして、今では国全体が無信仰状態のフランスですが(婚外子が6割)、かなり前に脱カトリックしたパリのような都市もあれば、つい数十年前までガチガチのカトリックだった地域もあります。

パリのように、文化人が集まり、とうの昔に脱カトリックして、さらにはもともと核家族が特徴の家族構成の都市では、個人主義がとことん進んでリベラル満開なわけですが、家族構成において長男が優遇される地域でかつカトリックの影響が強い地域などは、本質的に不平等的です。

不平等的というのは分かりにくいのですが、階層主義的と言えます。

要するに、日本人みたいと言えばわかりやすく、みんな自由や平等を尊重しますが、上下関係や年功序列など、社会に存在する序列を素直に受け入れる傾向があります。

これは日本の闇の1つであり、解決しなければいけないことは皆分かっていますが、地域格差、経済格差、教育格差など、全てをゼロにしようとなんて考えている人は少なくて、多くの人が社会とはある程度そういうものと捉えており、リベラルな人たちからすれば、日本人のこの感覚は不平等主義的であり、差別主義的であり、対外国人では、日本人と取り扱いが異なるのなんて当たり前と考えるだけでレイシストということになります。

この点、フランス人がここ30年ほどでみんなが、脱カトリックにより、パリ市民のような先進的なリベラル人間になったかと言えばそんなことはなく、根っこの部分では、個人がバラバラの社会よりも組織化された社会の方が好みで、社会階層主義的で権威主義的な人たちも多いわけです。

つまり、名目上は共和主義ということで自由・平等を尊重しつつも、国内にはかなり温度差があり、日本人のように、規律や伝統や権威を重視する価値観を持っている人達もたくさんいるわけです。

そうして、上流や中流といった所得格差だけでなく、カトリックの影響、家族構成の伝統などで区分していくと、「私はシャルリ」運動の参加者というのも、一定の特徴を持った人たちが中心であることが分かってくるわけですが、何より、国家がかなり分断されていることが見えてきます。

中産階級の福祉国家

まず、黄色いベスト運動の根本原因は経済構造にあります。

フランスの社会保障の充実は誰もが知っています。

日本だけではなく欧米諸国でも、少子高齢化が進み、その大きな原因として、中等・高等教育のコストが挙げられます。

子供一人にかかる教育費の重圧が問題になっています。

しかし、フランスでは、国家がほとんど負担するため教育コスト問題にならず、出生率も順調に推移しています。

フランスの中産階級と言えば、労働時間が短く、休暇も多く、文化的な生活で有名ですが、それも、子供の教育費の負担がないから可能と言えます。

では、なんでそんなことが可能なのか。

それは、以下の2つです。

1.失業率が10%と高い
2.消費税率20%をはじめ、間接税収入が直接税収入の2倍という税収構造

要するに、中流以上の豊かな生活について、庶民層が明らかに過大に負担する構造になっているわけです。

そここそがフランスという国の問題です。

福祉国家とは言え、庶民層が支える「中産階級のための福祉国家」になっています。

そして、EUやユーロの影響で、経済が失速する中、社会の過半数を占める中産階級がこの構造を守りに入っていて、現状の経済構造が変わる気配がないことが、黄色いベスト運動が発生した原因です。

中上級層は、口を開けば、共和主義とか、自由・平等とか口にするのですが、庶民層の負担がまったく変わらない状況で、さらに間接税たる燃料税をあげるなんて言い出したから、ついに暴動にまで発展したわけです。

左派である社会党

そして、フランスは庶民の味方であるはずの左派の社会党(2大政党の1つ)がおかしなことになっています。

基本的に左派というのは、知的エリートに支持者が多く、弱者に優しいです。

左派というのは理論派で、手のひらの上に社会を載せて一つ一つ設計していくようなスタイルで良い世界を目指します。

しかし、その究極的な姿ともいえる社会主義が大失敗して冷戦が終わると、一気にEUとユーロに代表されるヨーロッパ主義に鞍替えしました。

自由と平等を愛する諸民族が集い、恒久的な平和の中で一体となって暮らすだけでなく、統一通貨ユーロによる自由貿易の拡大により経済的に反映するはずでした。

しかし、結果は、経済成長の鈍化、デフレ、失業率の悪化などろくでもないものです。

それでも彼らは、あくまで理想の社会を目指すというユートピア思想にとらわれているので主義を変えません。

トッドは著書の中で、結果として社会党は、保守的右派よりも弱者に冷淡だと言っています。

そして、人類学的な基盤を見ていくと、社会党を支えているのは、カトリックの影響が強い地域の出身者達で、根っこの部分で、階層主義的なわけです。

ここがフランスの難しいところで、日本の場合、右派も左派も比較的わかりやすく、伝統重視の保守対リベラルな革新派という感じですが、フランスはカトリックというかなり保守的で権威主義の宗教の影響が強いため、左派にも権威主義的な側面があるわけです。

(まあ、平等を強く主張しながらも、組織内は鉄の掟で階層化されているのは、社会主義はじめ左派団体の常でもありますが・・・)

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まあ、トッドによる人類学的な基盤分析はさておき、左派が未だにユーロやEUにこだわっている、つまり、現状の格差社会に異議を唱えていないというのは、労働者階級にとっては大ごとです。

社会の過半数を占める中産階級の支持を集めるために、現状の格差社会を容認しているとしか映らないわけです。

フランスの教育問題

それに加えてフランスには教育問題があります。

よく日本は学歴社会なんて言われますが、フランスに詳しい人はみな、フランスの学歴主義は、日本の比じゃないと言います。

Googleで「フランス、学歴社会」なんて検索すると記事がたくさん出てきます。

トッドらが詳細に行った、フランスの全国的な学力テストの分析によると、国内で学力格差が大きくなっています。

そして、平均的に学力が高い地域は、旧カトリックの影響が強い地域で、地域社会のつながり、安定的な家庭環境、反個人的な道徳教育などが実を結んだ可能性があります。

その一方でパリのような、とうの昔に脱カトリック化した世俗的な地域は、平均的な学力が低いだけでなく、初等教育のみで終わるか高等教育まで終わるかといった、地域内においても格差が大きいことが分かりました。

これはカトリックの逆ですが、今の日本がそんな感じになりつつあるように、個人主義が行き過ぎるとこうなるというのは誰でもなんとなく予想できそうな話です。

なお、フランスでは、中学校の最高学年で十分なフランス語能力を持つ生徒の割合が、恵まれた層では80%で、そうでない層では35%となどとなっているようです。
フランスの教育制度、不平等を助長=公的組織報告

そして、成績の低い地域を指定地区にしたりした政策が完全に裏目に出て、富裕層はその地域から出ていくとなって、都市部に地域的格差が生まれています。

個人主義が進んだ地域では、経済格差が教育格差を生むようになり、さらに、教育格差が経済格差を生むといった循環が生まれるわけです。

この教育格差、リベラルな地域で加速しているのがポイントです。

もともと階層主義的な地域ではなく、リベラルで平等主義な地域でも、上中級階層が口々に「自由と平等」と言いながら、現実には「個人の自由」だけが都合よく参照されることが多く、教育格差に基づく社会の階層化が進んでいます。

そして、フランスでは、教育格差=経済格差でほぼ逆転は不可能と言われています。

つまり、リベラルな地域で階層化が着々と進んでいるわけです。

国民戦線の支持層

国民戦線は移民の排斥を主張しているので、極右政党として紹介されます。

近年躍進を続けていることからよく話題になりますが、では一体誰が支持しているのでしょうか。

実はこれが、移民の多い地域の人達だけではないのです。

地域ごとの、「人口に占める移民の割合」と「国民戦線の投票率」の相関は以前よりだいぶ下がっています。

これがすごいですね。

ではだれが投票しているかと言うと、パリなどのリベラルな地域の労働者層です。

国民戦線の拠点は、保守的な地域ではなく、リベラルな地域なわけです。

(労働者階級が支持層の政党が極右と呼ばれるのも違和感ありますけどね。)

上述したように、リベラルな地域では、共和主義の教育を強く受け、自由・平等・友愛を尊重し、人類みな平等を主張してきたわけですが、教育格差の問題が激しくなってきて、社会の階層化進んでいる中で、富裕層だけで固まった地域を作り、地域格差=教育格差=経済格差を固定化しつつあります。

そんななか、労働者階級が住む郊外には、全く生活様式の異なる人々が住んでいる街に入ってきて、まったく同化しない状況が目の前にあります。

現実の生活では様々な軋轢が起こります。

そして、経済格差が固定化していく環境で、目の前の生活に手いっぱいの中、中流に這い上がろうなんて話は現実ではなく、怒りの矛先は、現実生活で軋轢を生みだし、職を奪い合う移民に向かいます。

しかも、人類みな平等の普遍主義を貫くリベラルな地域の住民にしてみると自分達にまったく同化しない人たちは、思想的な反発も強くなります。

先日、上野千鶴子先生が東大入学式の祝辞で、異文化を恐れる必要はないと言っていましたが、そうだそうだと同調していた信者さん達の中でも、「自分の苦しみは男社会のせいだ」と感じている庶民層がたくさん住んでいる地域に、思いっきり男尊女卑の伝統を持つ人達が大量に引っ越してきて選挙権まで持つような状況になったら、いずれ、「自分達の主著する普遍的価値観を受け入れないなら出て行ってくれ」と言い出すに決まっています。

最近、ヨーロッパにおける移民排斥運動に左派が合流しつつあるというのもこれが理由で、労働者層だけでなく、LGBT活動家やフェミニストと言った急進的なリベラルも、自分達の主張する普遍的価値に真っ向から反発するイスラム系移民の受け入れに反対するようになってきました。

ある意味、フランスに暮らす以上は「他者の宗教を冒涜する権利」も認めろとイスラム教徒に迫る「私はシャルリ」運動にその形跡は存在していました(普遍主義⇒原理主義⇒テロ(他者の攻撃)になる構図そのもの)。

これが、極右政党である国民戦線の躍進の原因であり、その本質は、異文化が気に入らないとか非寛容とかではなく、社会の二極化というより階層化が進むなかで、這い上がろうというより、より下の階層である移民を排除する方向に行かざるを得ない環境が現実にあり、しかもリベラルな人たちほど強い信念(しかも普遍的だと思っている)を持っているので思想的な反発も強いわけです。

まとめ

だいぶごちゃつきましたが、一連の状況をまとめると、移民だけではなく、労働者層も追い詰められつつあります。

何より、敵が、社会の過半数を占める中産階級というのがポイントです。

手厚い社会保障に助けられている中産階級は先行き不透明な経済状況の中で自分達の固定化にまい進する一方で、中産階級の豊かな生活を支えるための過剰な負担を庶民層が押し付けられています。

個人がアトム(原子)化したリベラルな都市部では地域的な一体感がないので、教育問題をはじめとして格差は広がるばかりですが、保守的な周縁部はもともと階層主義ですし、結果として、ユーロとEUで社会の階層化が進んでも、大きな修正がされません。

移民からすると、階層化社会のあおりを受けて最底辺に位置付けられ、社会に参加できないどころか、社会カーストの真上の労働者階級は自分達に敵意むきだしです。

労働者階級からすると、生活地域上にまったく同化しない人たちが増えて軋轢が絶えないのですが、その解消を求めて国民戦線などを支持する自分達を、社会の中心にいる中産階級の人々は、教育不十分のレッテルを張って哀れみとともに非難し、差異を尊重し移民を受け入れようなどといってくる。

そして、そんな共和主義の理想をワイン片手に熱く語る中産階級の生活を支えているのが庶民層の過大な負担(以下ループ)。

そりゃ暴れるかもしれません。

共和主義の象徴であり、フランスの象徴ともいえるマリアンヌ像を黄色いベスト運動が過激化して破壊し、パリ市民は信じられないといった表情をしていましたが、彼等からすると、何が平等だよ、と言ったところなんでしょう。

終わりに

話は簡単ですね。

どいつもこいつも、自由・平等の共和主義を高らかに主張するのですが、その内実、教育問題やユーロ・EUにより、格差社会が拡大していく中で、社会の過半数を占める中流階級が、階層社会を受け入れていて、自分達の固定化に必死なわけです。

成長鈍化に加え、インドや中国の優秀な人材の台頭により、中産階級の足元も徐々に怪しくなっているのですが、中流層では社会保障により出生率が高いせいで、実はこれが結構効いているらしく、必死に自分達の権益を守りに入っているようです。

そして、不平等問題が出てくると、都合よく自己責任論が引用されるというのは日本の問題ではなく、リベラルの本拠地ですらそうなわけです。

日本でも相対的貧困なんて話を最近は耳にすることも多いです。

しかし、日本は労働環境に問題がありますから、中流階級の家庭でも共働きで夜遅くまで働いて何とかして子供の教育費などを捻出している状況です。

貧困層に冷たい社会などと批判されますが、社会の中心を占めるマス層が、自分達だって決して楽なわけじゃないという共通認識を持っています。

だからまだ社会の分断はされていません。

しかし、相対的貧困なんて特集をして社会を非難しているような大手マスコミの新聞記者はもれなく高給取りでいいところに住んでますし、その子息は例外なく中学受験などを経て私立の名門なんかに通っています。

そういった矛盾が積み重なると、いつか日本でも爆発する人たちが出てくるかもしれません。

今回のノートルダム寺院への寄付をきっかけとした怒り、本質は、社会を覆う欺瞞ヘの怒りという点では、着火点になるべくしてなったという感じがします。

そして、いつ火が付くかわからない欺瞞に覆われているという点では、日本も同じかもしれませんね