6月29日の日記です。
最近すっかりブログの更新をサボっております。
しかし、それには訳があって、漫画の全巻セットまとめ買いを見ていて、なんとなくで、『うる星やつら』の全巻セットを買ってしまい、それを一生懸命読んでいます。
全部で34巻あって、家で電車でスタジオで、暇さえあれば読んでいるのですが、これが中々読み終わらない。
さすがの自由人な私も、こんな生活でいいんだろうかと不安になりますが、今は他にやりたいことも無いのでそのままにしています。
漫画といえば、先月末に風雲児たちの29巻が出ましたね。
今回は寺田屋騒動です。
作者の薩摩藩へのこだわりは40年前の連載当初からちょっとやり過ぎなのですが、そのこだわりがしっかりと結実している作品です。
Amazonで本を買うときに、レビューを読む人も多いと思います。
IQの低そうなしょうもないレビューも多いですが、力のこもった良いレビューも多かったります。
この風雲児たちは、後者で、どの巻もレビューを読んで感心します。やはり歴史ものは、好きな人は読み込んでますね。29巻のレビューを読めば下記の私の駄文は不要です。
幕末を描くには関が原の戦いから始めないとつながらないという恐ろしいコンセプトの下1979年に連載が開始し、ペリーが登場するまで20年かかったたモンスター漫画ですが、その連載当初の関ヶ原の戦いで強調されていることの一つに、薩摩藩士の勇猛ぶりが挙げられます。
40年近く連載を続けて、薩摩描写の一つの区切りともいえる寺田屋騒動まで読むと、なぜ関ヶ原から始めたかったのかがよく分かります。
幕末から明治にかけては面白い人がたくさん登場するものの、薩摩藩士だけは、登場人物が全員、頭のねじが緩んでるとしか思えないわけですが、関ヶ原で島津軍は退却するにあたって、徳川の本陣を正面突破して退却するというトンデモナイことをするわけで、そのころから、狂気的ともいうべき薩摩隼人たちの気質が見て取れるわけです。
(なお、その島津軍の正面突破に怒り狂って追っかけて行ってボコボコにする東軍の深紅の精鋭集団が井伊家で、その武勇伝を聞かされた育った子孫が井伊直弼。幕末の混乱期で挙国一致が必要といえども、外様大名の増長がどうしても受け入れられない。)
京の都でクーデーターを起こそうとする薩摩藩士30名+他藩士20名と、島津久光の命を受けてそれを止めにいく薩摩藩士9名。
勤皇という大義のために今立ち上がるか、それとも今はやめろという殿様の指示に従うか、ともに同じ方向を向いた討幕派の親友同士が、ほんのわずかの違いで敵味方に分かれ斬りあう壮絶な事件ですが、連れ戻せとの久光の命を受けて、これは斬りあいになるかもと落ち込むものの、夜道を寺田屋に向かいながら、血が騒ぐのを押さえられなくなって、完全にスイッチの入った戦闘集団と化す薩摩藩士達。
また、1階で斬りあいが始まったのちに、2階で階下の異変に気付く者が数名いるのですが、いずれも一人で様子見に降りてきて、しかも斬りあいに気付くや否や、2階の仲間に知らせるとかは誰も考えずに、そのまま一人づづ切り込んでいったり、トイレの帰りに異変に気付くものもいるのですが、部屋に置いてある大小を取りに帰るなんてもってのほかで、そのまま懐刀だけで斬りあいに参戦したり、とにかく敵に背を向けることはあり得ないという薩摩隼人魂が全面に展開されます。
刀が折れてしまったので、相手を押さえつけて仲間に自分ごと刀で刺させて即死したリーダーの有馬新七、斬りあいの後、敵味方なく負傷者の手当てが始まりますが、瀕死の身となりつつも自分を斬った相手と健闘をたたえ合い将来を託す橋口壮介、後から壮絶な現場を見て、身内にすら容赦しない島津久光の本気度を知り、クーデーターの非現実性を知る他藩の勤皇志士たち。
社会を変えるのは理ではなく気であるとは言いますが、明治維新に間違いなく大きな影響を与えたであろう、薩摩藩士たちの気質という、歴史の教科書には登場しない気の部分が非常にリアルに描かれています。
この後、生麦事件、薩英戦争と続くはずですが、話変わってそのころ土佐ではなんて、また数年使う気だったりして。
それにしても、どれだけ調べてるんでしょうか、この作者。本当にすごい漫画だと思います。
所々に登場するギャグや男女の描写をもって、低評価を付けている人がいますが、何なんですかね。
ただ、このままいくと、個人的に一番書いてほしい戊辰戦争まで10以上かかるな・・・。
そういえば先週1年ぶりにベルセルクの39巻が出ましたね。こちらも相変わらずの完成度の高さで感心しきりですが、さすがに完結はあきらめています。
単行本発売と同時に、冬まで休載のお知らせって、まだ夏にもなってない。とはいえ、ベルセルクは、いまやってる第2期アニメの完成度が高くてびっくりしながら毎週欠かさず見ています。
全然日記じゃない。