ベターコールソウルが面白い

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もっと早く見ればよかった。

Netflixを見ているとダメ人間になってしまうということで、見ないようにしていたのですが、また見始めてしまいました。

見始めたのはベターコールソウル。

アメリカテレビドラマ史上の最高傑作と言われるブレイキングバッドのスピンオフ作品です。

スピンオフですが、個人的には、ベターコールソウルの方が面白いです。

正直、これは見る人を選ぶかもしれませんが、私は、今かなりこのドラマに心を奪われています。

この作品は、ブレイキングバッドで登場する、ケチな悪徳弁護士ソウル・グッドマンの駆け出しのころを描く作品です。

本名ジミー・マクギールという冴えない弁護士が、いかにしてあのソウル・グッドマンになっていくかを描いています。

テーマは、私の大好きな、自分対世間というものです。

世間に合わせて生きるのにうんざりしつつも、仕事、恋人、兄弟との関係など、世間に合わせざるを得ない部分と自分との葛藤を描いています。

しかし、深い葛藤の中、諦めるのでもなく、開き直るのでもなく、悩みつつ失敗を重ねながらも、自分自身で勝負する気持ちを絶対に捨てません。

根が善良でやさしく、気弱で臆病なゆえに、周りに翻弄されるのですが、最後の最後に芯があります。

ダメな生き方を変えるのか変えないのか、中途半端な行動をとっているうちに、いつも最終的には周りの常識人たちから見捨てられてしまうのですが、そんな状況の中、取り乱しつつも、結局いつものこの状況かと、最後は自分だけの力で何とかしてやろうとするところが、何とも言えない魅力です。

社会に合わせて生きていくことに疑問を感じない人もいれば、社会に合わせて生きていくのが苦痛の人もいます。

いわゆる常識的な生き方に疑問を抱かない人からすると、社会に合わせられない人、しかも追い詰められた最後の最後で折れない人というのは、理解不能です。

常識人から見ると、一体に何に反発しているのか、その生き方に何の価値があるのか、となってしまうのですが、本人からすれば、それが自分なんだから仕方がありません。

別にあきらめたわけでも逃げたわけでもなく、社会とか制度とか常識とかに全身全霊を投げかけるような生き方ができないわけです。

周りからはダメ人間だと言うレッテルを張られ、実際にダメ人間で、自分でも変えなくてはいけないことはわかっているのですが、仮にそれが『正しいこと』だとしても、自分を散々否定してきた連中の言う通りにはなりたくないわけです。

もちろん、社会とか世間とかに対峙できるような立派な自分がいるわけでもありません。

しかし、心の奥底では、しっかりと腹を決めているわけです。

自分のやり方で行くしかないと。そして、その結果を受け入れるしかないと。

立川談志が咽頭がんの手術後の会見で、煙草をふかしながら、禁煙なんて意志の弱い奴がするもんだと言いました。俺はこうやって生きると決めたんだと。

こういった生き方に憧れなりシンパシーを感じない人がこのドラマを見ると全く違う感想になるのかもしれません。

ダメな主人公が、途中で『正しい努力』を投げ出して、自分は結局ダメなんだとあきらめたり開き直ってしまう哀れで痛々しい奴で、成功を諦め悪徳弁護士に堕ちていく話と映るかもしれません。

変われない愛すべきダメ人間をユーモラスに描いた作品、みたいな。

この記事書きながら、ネットの他のレビュー記事読みましたが、評価はさておきストーリーについては、そんな捉え方も多いですね。

しかし、それはあまりに常識によりかかった見方だと思います。

そうじゃなくて、彼には彼なりの自尊心があって、世間からNOを突き付けられてもぶれない、しっかりした芯を持っている気がします。

最後の最後で、今までのつらい経験や苦労を経て出来上がった『自分』、良いか悪いかはさておき、今ここにいる『そうである自分』を貫きます。

一寸の虫にも五分の魂ではありませんが、なかなかの根性を見せてくれています。

常識人に囲まれ、自分と世間の間で悩んでいる人は是非どうぞ。

妻がこれ読んだら、分かったから涙拭けよとか言ってきそうだな。

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