キングダムで学ぶ漢文:史記の白文とその解説:信と王翦その2


前回に続き、信と王翦(おうせん)と蒙恬(もうてん)が登場する部分のその2です。

はじめに

前回に続くその2です。

信と王翦(おうせん)と蒙恬(もうてん)が登場する部分で、史記の白起王翦列伝第十三からです。

まあ、前回と違って、信も蒙恬も登場しませんが。

私は漢文の専門家ではないのでご容赦くださいね。

白文

句読点と地名(と一部の人名)の振り仮名あり。

前回の続きで、信が20万の兵で大丈夫と言って出陣し(王翦は60万必要と主張)楚軍に大敗した後の話です。

1. 始皇聞之大怒、自馳如頻陽ひんよう

2. 見謝王翦曰、寡人以不用将軍計、李信果辱秦軍。

3. 今聞荊兵曰進而西。

4. 将軍雖病、獨忍弃寡人乎。

5. 王翦謝曰、老臣罷病悖亂。

6. 唯大王更擇賢将。

7. 始皇謝曰、已矣。

8. 将軍勿復言。

9. 王翦曰、大王必不得已用臣、非六十萬人不可。

10. 始皇曰、爲聴将軍計耳。

11. 於是王翦将兵六十萬人。

12. 始皇自送至灞上はじょう

13. 王翦行請美田宅園池甚衆。
衆=多い

14. 始皇曰、将軍行矣。

15. 何憂貧乎。

16. 王翦曰、爲大王将、有功終不得封侯。

17. 故及大王之嚮臣、臣亦及時以請園池、爲子孫業耳。

18. 始皇大笑。

19. 王翦旣至関、使使還請善美田者五輩。

20. 或曰、将軍之乞貸、亦已甚矣。

21. 王翦曰、不然。

22. 夫秦王粗而不信人。

23. 今空秦国甲士、而専委於我。

24. 我不多請田宅爲子孫業以自堅、顧令秦王坐而疑我邪。

ヒント付白文

1. 始皇聞之大怒、自馳ゆク頻陽ひんよう

2. 見謝王翦曰、寡人以(不用将軍計)、李信果辱秦軍。
寡人=偉い人が謙遜して使う「私」
以=「by、with、そして」のどれか

3. 今聞荊兵ひび進而西。

4. 将軍雖病、ひとリ忍(すツル寡人)乎。
獨=独の旧字で「離れたところで」
弃=棄の旧字
乎=反語

5. 王翦謝曰、老臣罷病ひへい悖亂たいらん
罷病=病で弱る
悖亂=心が混乱する

6. たダ大王さらニ擇賢将。
擇=択の旧字で「えらぶ」

7. 始皇謝曰、やめヨ矣。
矣は訳さいないが意味的には「強意」

8. 将軍勿復言。

9. 王翦曰、大王かならず(不得已)用臣、(非六十萬人)不可。
必=「どうしても何々ならば」

10. 始皇曰、なス(聴将軍計)のみ

11. (於是)王翦将兵六十萬人。

12. 始皇自送至灞上はじょう

13. 王翦ゆクニアタリ請美田宅園池この節が主語)甚おおシ

14. 始皇曰、将軍行矣。

15. 何憂貧乎。

16. 王翦曰、爲大王将、有功終不得封侯。

17. ゆえニおよビテ大王之むかウ臣)、臣亦及時以請園池、爲子孫業耳。
嚮=向

18. 始皇大笑。

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19. 王翦旣至関、使(使つかい還請善田)こと五輩。
還=帰る、正確には「元にもどる」を意味する
輩=回数

20. あるヒト曰、将軍之乞貸きったい、亦已甚はなはダシ矣。
乞貸=無心すること、已甚=2字ではなはだしいと読む

21. 王翦曰、不然。

22. 夫秦王粗而不信人。

23. 今空秦国甲士、而専委於我。
於=to

24. 我(不多請田宅爲子孫業)以自かたクシテかえッテ令秦王ざシテ而疑我邪。

直訳的通訳

1. 始皇聞之大怒、自馳如頻陽ひんよう
始皇帝はこれを聞いて大いに怒り、自ら馬車を急がせ頻陽に行った。

2. 見謝王翦曰、寡人以不用将軍計、李信果辱秦軍。
王翦と会い謝って言った、私は将軍の計を用いなかったせいで、結果的に李信は秦軍に恥をかかせた。

3. 今聞荊兵曰進而西。
今、聞くに、荊兵は日々前進し西に来ている。

4. 将軍雖病、獨忍弃寡人乎。
将軍は病気といえども、私から離れ、私を見棄てるには忍びないはずだ。
(乎が反語なので、「どうして忍んでいられようか」が直訳)

5. 王翦謝曰、老臣罷病悖亂。
王翦は謝罪して言った、老いた私は病で体が弱り、心は混乱している。

6. 唯大王更擇賢将。
どうか、大王、ほかの賢将をお選びください。

7. 始皇謝曰、已矣。
始皇帝は言った、もうやめろと。

8. 将軍勿復言。
将軍、もう言うな。

9. 王翦曰、大王必不得已用臣、非六十萬人不可。
王翦は言った、大王がどうしても、やむを得ずに私を用いるとしても、兵が六十万人いなければ不可能です。

10. 始皇曰、爲聴将軍計耳。
始皇帝は言った、将軍の言うとおりにするのみである。

11. 於是王翦将兵六十萬人。
こうして、王翦は兵六十萬の将となった。

12. 始皇自送至灞上はじょう
始皇帝は自ら送って灞上はじょうまで来た。

13. 王翦行請美田宅園池甚衆。
王翦は出発に当たり、美田や邸宅を請求すること、甚だ多かった。

14. 始皇曰、将軍行矣。
始皇は言った、将軍行け。

15. 何憂貧乎。
どうして貧しきを憂いたりするのか。

16. 王翦曰、爲大王将、有功終不得封侯。
王翦は言った、大王の将たるものは、功績が有っても結局封侯を得られない。

17. 故及大王之嚮臣、臣亦及時以請園池、爲子孫業耳。
そこで、大王が私のことを見ている時に、私もまたこの機会に田畑や邸宅を請い、子孫の生計を立てたいと思うのみです。

18. 始皇大笑。
始皇は大きく笑った。

19. 王翦旣至関、使使還請善田者五輩。
王翦は既に関所まで来たが、使者を還らせて、善田を請求させること五回に及んだ。

20. 或曰、将軍之乞貸、亦已甚矣。
ある人が言うには、将軍の無心も甚だしいですな。

21. 王翦曰、不然。
王翦は言った、そんなことはない。

22. 夫秦王粗而不信人。
そもそも、秦王は粗暴で人を信用しない。

23. 今空秦国甲士、而専委於我。
今、秦国の兵士を空にして、全てを私に委ねている。

24. 我不多請田宅爲子孫業以自堅、顧令秦王坐而疑我邪。
何度も田宅を請求して子孫の生計を立てることをせずに、自分の強さを見せて、かえって秦王にいたずらに私を疑わせればよいというのか。

漢文学習メモ

部分否定

8行目の「将軍勿復言」は部分否定。「勿」のような否定語の後に「復」のような副詞があれば部分否定。前にあれば全部否定。

例えば、
復不可得=またもや「得ることができなかった」
不可復得=「もう1度得る」ことはできなかった

常不得A=常に「Aを得られなかった」
不常得A=「常にAを得られる」ことはなかった

必不有仁=いつも「仁愛の心がない」
不必有仁=「必ず仁愛の心をもつ」わけではない

参考文献

明治書院の新釈漢文大系(88)史記8列伝1