百人一首解説その12:曾禰好忠(46番)と河原左大臣(14番)


百人一首解説のその12です。

今回解説する歌は百人一首きっての屈指の名歌2首です。

百人一首というのは和歌のオールタイムベスト100ですから、ある意味全部名歌ですが、その中でも群を抜く名歌2首です。

和歌というのは、技巧も大事、もののあはれも大事、でも、「歌」とあるように、音が本当に大事なんだと教えてくれる2首です。

百人一首の歌でどれが好きですかと聞かれてこの2首を挙げれば通を名乗れます(適当)。

その反面、文法的な解説は特に不要なので、雑談多めです。

まずは46番、曾禰好忠そねのよしただの歌。

由良ゆらを 渡る船人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋の道かな

これは解釈は簡単です。

由良の門とは、由良の水門もしくは由良海峡ですが、肝心な由良がどこかという点については、京都の由良川の河口という説と、兵庫県の由良の紀淡海峡という説がありますが、まあそこらへんは学者に任せて、由良海峡とかでいいと思います。

大海原とかではなく、比較的陸に近い河口側の感じで、イメージ的には、瀬戸内海当たりの島と島の間の水路のような感じでしょうか。

「わたる船人かぢを絶え」の、「かぢ」は船の梶で、「面舵いっぱーい」の舵ではなく、水をかいて船を進めるための梶。

そして、その梶を絶え、すなわち失ってしまうという意味です(「絶ゆ」は自動詞だからこの解釈はおかしいなど、文法最優先で熱く語る学者もいますがここでは無視)。

したがって、「由良の門を渡る船人かぢを絶え」という上の句で、梶を失ってしまい、小舟の上で一人漁師が立ち尽くして、船が漂っているような情景を想像できるかどうかがポイントです。

そして、下の句の「行方も知らぬ恋の道かな」はほぼ解釈不要で、梶を失って海を漂う小舟と同じく、どこに行くかわからない私の恋であるなあ、という意味です。

ここで、失われた梶=意中の女性との連絡手段、本来の目的地=意中の女性のいる場所、と考えて、連絡手段を失った自分の恋を、目的地にたどり着けなくなった船路に例えた歌と解釈する人もいますが、そこまで分析するのはやりすぎと言う人もいます。

梶を失った小舟が海上を茫然と漂う情景と、恋の思案にふける様子との重なりを表現した一般的な歌という解釈です(私もこっちでいいと思います)。

ちなみに、最近ではネットの炎上などが相次ぎ、何かつけてエビデンスやファクトがどうのこうのと、実証主義全開で文句をつけてくる人がたくさんいますが、何もそれは最近始まったことではなく、この歌の解釈に関しては昔からいます。

曰く、梶を失った小舟が茫然と海上を漂う情景をイメージするのは、本当の由良海峡の海流の激しさを見たことがないからだと。

あの激しい海流を見れば、この歌が、社会・時代の濁流に飲み込まれて、恋の成就がかなわなかったことを嘆く激しい恋の歌であることは一目瞭然であると。

皆さんはどう思いますか。

由良の門を 渡る船人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋の道かな

これを読んで、「激しい恋の歌」と思えるか。

この歌からはとても「激しさ」は感じないという人が多いのではないかと思います。

そして、それこそがこの歌の本当のポイントです。

なぜ、この歌のイメージとして、「激しさ」ではなく「茫然と漂う」方がしっくりくるのか。

その仕掛けは、上の句の、「由良の門を」の「ゆら」と、下の句「くへもしぬ」で、歌全体に、「ゆらゆら」した感じが埋め込まれているわけです。

「ゆらゆら」というか、「ゆ」だけかもしれませんが、その音が、どこか不安定な印象を持っていて、この歌を聞けば日本人なら誰しも、しみじみしたものを感じると思いますが、全てはその音感にあると思います。

上の句と下の句、共に、「ゆ」から始まり、「ゆらゆら」が溶け込んでいることが、この歌の良さの決定的な要因となっているわけです。

由良の門を 渡る船人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋の道かな

訳としては、

由良の水門をわたる船人が梶を失い、茫然と漂うように、行方の分からない恋の道であるなあ、です。

ちなみに、作者の曾禰好忠と言う人は、プライドが高く歌一筋の偏屈者だったために、嫌われ者だった人です。

今昔物語にすごい話が出てきます。

円融天皇が退位した後に開いた歌会で、上達部かんだちめ殿上人殿上人などのそうそうたる貴族が勢ぞろいし、そして、時代を代表する歌人が集められて、みな正装で並び座り、「その美々しき事限りなく」「絵にかくとも及びがたからん程」なところに、一人烏帽子・狩衣・袴と「賤しきなるを着たる」人がいました。

それがこの曾禰好忠で、殿上人たちが、あいつは誰かに呼ばれてきたのかと役人に聞いても、誰も呼んでないと答えたので、退出するように促すのですが、今日の催しには歌人どもが集まると聞いたから来た(勝手に)、自分はここにいる歌人たちにまったく劣ってはいないと主張し出ていかず、最終的に、役人に首根っこを掴まれて引きずり出されるという話です。

その様子をみて、みんなでげらげら笑ったという話ですから、優雅とか華やかとか、勝手に美化しがちな貴族社会のリアルを教えてくれる話なわけですが、この人の歌が本当に評価されるのは死後100年くらいたってからのことで、生前は自分の才能が認められない不遇に強い不満を持っていた人です。

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この歌も、恋の歌のようで、その境遇を想像させるような、やるせない思いが漂っているとも言えます。

そんな曾禰好忠の歌でした。

次は、14番河原左大臣の歌です。

本名は源融みなもとのとおるで、左大臣というのは太政大臣に次ぐNo2の官職です。

この歌は、専門家に選ばせたら、百人一首の中で一番いい歌とかに選ばれる候補の筆頭じゃないだろうか(個人的見解)。

もっとも、ある程度和歌になれていないと、なんのことやらさっぱりわからないという歌でもあります。

陸奥みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

前半で、なんだこりゃと、解釈するのをあきらめてしまいがちな歌ですが、大したことはありません。

「陸奥の」はそのまま、「陸奥地方で」です。

しのぶもぢずりというのは、実はよくわかっていなくて、なにより現存していないみたい。

もっとも通説的には、陸奥地方の、信夫しのぶの里で行われていた、「もぢずり」だと言われています。

その肝心な「もぢずり」ですが、大きな岩に布を載せて、その上から、染料たる植物をゴシゴシこすって(摺って)染めた衣装(摺衣すりごろも)だと言われています。

福島県に文知摺観音(もちずりかんのん)という場所があって、そこに、文知摺石(もちずりいし)という大きな石が観光名所としてあるようです。

そういった染色方法ですから、整った模様ではなく、乱れ模様で有名だったようです。

もぢずりって何?  長年の疑問がやっと氷解「文知摺観音」【福島】
この記事中に再現実験があります。

もっとも、もちろんこれは例えであり、乱れに乱れた自分の恋心の例えです。

以上、「陸奥のしのぶもぢずり」というのは、陸奥地方の信夫の里の摺衣の乱れ模様のように乱れた私の心、という意味です。

ここが分かると、後はストレートです。

「誰ゆゑに」は「誰のせいで」です。

「乱れそめにし」の「そめ」は、書初めの「初め」で、「乱れ始めた」と訳しますが、「染め」とかかっています。

つまり、「誰ゆゑに乱れそめにし」というのは、「誰のせいで乱れ始めたのか」です。

「我ならなくに」は一見難しいですが、「なくに」は、「普通そんなこと言わなくない?」とか「普通そんなことしなくない?」の「なく」です。

「我なら」は「我なり」すなわち「私である」という意味ですから、それに「なくに」がついて、「私ではないのに」という意味になります。

(厳密に言うと、「曰く」とか「恐らく」という言い方があるように、ク語法と言って、「なく」ではなく「な(ずの未然形)」+「く」なのですが、ここでは詳述しません)

「われならなくに」と言っても、「私なら泣くのに」ではないのでくれぐれもご注意ください。

以上から、

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

訳すと、

陸奥地方の信夫の里の「しのぶもぢずり」のように乱れた私の心は、一体誰のせいで乱れ始めたのでしょうか。私のせいではないのに(あなたのせいですよ)

という意味になります。

これは業界標準の4句切れの訳で、乱れそめにしの「し」は連体形ですから、そこで切れないと考えることも可能で、その場合は、「誰ゆえに」が疑問ではなく「(あなた以外の)誰かのせいで」という肯定文になります。

すなわち、

陸奥地方の信夫の里の「しのぶもぢずり」のように私の心は乱れていますが、(あなた以外の)誰かのせいで乱れ始めた私ではないですよ(あなたのせいですよ)。

となります。

どっちでもいいと思うのですが、最初に紹介した、「しのぶもぢずりのように乱れた心は誰のせいなんですかね?」からの、最後に「私のせいではないですけどね」とあてつける方が好きかな。

この歌も、リズムの歌で、57577のリズムを効果的に使っています。

まず、「陸奥のしのぶもぢずり」という、東北地方の乱れ模様の衣装の例えで苦しく乱れた恋心を表現したと思いきや、「誰ゆえに」とリズムを変えて一拍置いてから、「乱れそめにしわれならなくに」と、独り言のように相手をなじりにいくリズムがとってもいい歌です。

そして、「しのぶもぢずり」の乱れ模様というものが私たち現代人にはわからないはずなのに、なんとなく、乱れた感じが伝わってくるかと思います。

それは、

 しぢずり 誰ゆゑに だれそめにし われ

このように、な行とま行が飛び飛びに登場したり、「われならなくに」の第5句が象徴的ですが、全体的に音がくねくね(?)しているわけです(それもあって「誰ゆえに」というワンクッションが冴えてくる)。

そこが、無意識下に乱れ模様とつながるわけです。

いわゆる「美しい日本語」の代表作の一つで、音読すればするほど、シンプルながらすごい歌なんじゃないかと思えてくるような歌です。

なお、作者の源融みなもとのとおるは河原左大臣と称されていて、左大臣というのは副総理大臣みたいなポジションですが、京都六条に河原院と言う御殿を作っていたことから河原左大臣です。

ちなみに、河原院には約400m四方の池を作っていて、毎日難波の浦から20石(360リットル)の海水を運ばせて、塩釜を作って都に居ながら陸奥の風情を楽しんでいたというとんでもない人です。

宇治にも別荘を持っていて、今では平等院と呼ばれています。

以上、今回は、作者の境遇は正反対ながらも、音がおもしろい二首を紹介しました。