ウーバーイーツの「玄関先に置く」事件から考えるブラック企業とモンスターカスタマーのループ


最近面白い事件がありました。

上手くまとめられないので前半は体験文形式で書きます。

三連休の初日の金曜日、特に予定もなかったこともあり、ウーバーイーツの配達を昼頃から始めました。

そうしたら、一件目の配達の指定が、「玄関先に置く」となっていました。

ウーバーイーツというのは、ピザなどの出前と同じで、ピンポン鳴らして玄関先で商品を受け渡すの基本ですが、まあ、どこの馬の骨が持ってくるかわからないということもあり、一人暮らしの女性などを中心に、オートロックは通して部屋の前までは来させるけど、玄関前に商品を置いて帰ってもらうという人がいます。

いわゆる置き配です。

置き配希望の場合、注文者側に標準メニューとしては用意されておらず、アプリで「玄関先に置いといてください」など、配達員向けにメモを書いておく必要があります(この時点では)。

このように置き配指定は可能なのですが、日本の場合、いくら包装されているといはいえ、食べ物を地面に置くことに抵抗がある人が多いので、配達員と顔を合わせるのが気持ちが悪いと言っても、置き配の希望者は、私の体験ベースで言うと、1割いなくて、5%くらいかな。

とは言え、普通にあることなので、玄関前に弁当の入った袋を置いて、アプリのメッセージ機能で、玄関前に置いておきましたと伝えて配達完了で次の配達に向かいます。

すると、2件目にも、注文者から「玄関先に置く」とメモがあります。

2件連続は珍しいなと思いながらも、コロナ騒動もあるし、ウーバーもコロナ対策を散々注意喚起してたので、まあ、みんな意識高いなと思って玄関先においてチャットでその旨伝えて配達完了。

そして、なんと3件目も「玄関先に置く」のメモ。

しかし、その注文は、現金配達、すなわち代引きの配達だったので、こちらとしては商品代をもらわなくてはいけませんから、置き配のはずがなくて、普通に玄関先で商品渡して、代金をもらい終了。

なお、インターホン鳴らしたら、注文者も当然のようにお金持って玄関先に出てきました。

そこで、これはアプリのバグでも起きてるなと思ってツイッターを確認。

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すると、配達員たちの困惑と報告が続々。

配達員全員、全ての注文に「玄関先に置く」の指示が出ているらしく、みな困惑して情報を求めていて、エレベーター降りたら玄関開けて待ってる客もたくさんいるし(このパターンよくある)、表示通りに玄関先に置いておきましたとメッセージ送ったら、食べ物を床に置いてんじゃねーよと怒りの返信が来たなんて報告も。

結論としては、ウーバーイーツがコロナ対策として、注文者が置き配希望のメモをわざわざアプリに手入力するのではなく、「玄関先に置く」を標準メニューとして選べるようなアプリのアップデートをしようとしたところ、何を間違ったか、全ての注文で「玄関先に置く」が配達員向けに表示されるようになってしまった。

その結果、従来の注文の9割以上を占めていた「玄関先での受け渡し」指定も、全て「玄関先に置く」と表示される事態になってしまった。

リピーターの場合は、料理を選んで注文するだけで、配達先情報を変更・確認したりしません。

その結果、いつものように頼んで、玄関先に配達員が来るかと思ったら、勝手に玄関先に置かれて、後から「置いておきました」なんてメッセージが来て気づく。

怒るのは当たり前で、ツイッターで注文者側を探すと、まあ怒っている人がたくさんいる。

ウーバーイーツ、今まで特に問題なかったけど今日来た配達員はトンデモねー、勝手に玄関先に食べ物置いて帰った、床に置かれた食品なんて食べたくない、と怒っている人が続々。

そんなこんなで、ツイッターなどを見ている配達員はすぐに状況を理解して(サポートセンターは当然パンクしてつながらない)、「玄関先に置く」と表示されていても、従来のような、「定型文ではない手書きメモ」が無い限り、手渡し希望と踏んで配達し始めます。

ちなみに、ツイッターを見ている間に、私にも最初の2件のどちらかの注文者からBAD評価が来ました。

しかし、そんな中、ウーバー側は、さすがITベンチャー、アプリを一度元の仕様戻すとかはせず、リアルタイムにバグを修正し始め、配達員には全件「玄関先に置く」が表示されている状況にもかかわらず、注文者側の「玄関先に置く」オプションを実装。

その結果、コロナの影響で初めて注文する人も多い中、置き配を希望する新規注文者が多数登場し、手渡しだろうと思ってインターホン鳴らしたら、メモをちゃんと見てください、そこに置いて帰ってくださいと叱られた上にBAD評価をもらうというケースが多発。

そこで、配達員は配達途中に、メッセージを打って、どちらでしょうかと聞くわけですが、9割は無視。

返事をくれる1割の中には、「は?、置き配って書いてあるんだから置き配に決まってんだろ」とか「どこで止まってんだよ、こっちはGPSで見てんだよ、チャットして油売ってないで早くもってこいよ」という返事の場合もあり、もれなくBAD評価が付いてくる。

ちなみにツイッターで情報収集したりしない人や、新人などは、何も気づかずに全件置き配してる様子。

という面白い日でした。

(なお、最終的に注文者側に「玄関先に置く」は実装されましたが、どこに置くかを追加で書くような仕様になっていて、配達員としては、その追加手書きメモが無いと、バグの可能性を考慮して手渡ししようとするので、本来的には、「玄関先に置く」に追加して「玄関前に置いておいて下さい」と重複内容のメモを書くことの意味はないのですが、配達員の混乱を避けるためには重複であっても追加メモを書いておいた方が無難。)

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それにしても、こりゃ駄目だと思ったのは、この件では配達員への理不尽なBAD評価が吹き荒れて、配達員も怒っているのですが、なによりも、料理を勝手に地面に置かれた注文者が怒っている。

にもかかわらず、ウーバー側は一切注文者側にリリースを出さずに、怒れる注文者には配達員が悪いと思わせたままでやり過ごそうと奮闘しています。

全国的に大々的に起きてる様子だったので、さすがに客には謝罪しないと、リピート率が下がってまずいだろと思いましたが、ツイッターで事情を知った少数の注文者以外は、「勝手に」食品を地面に置いて行ったあきれた配達員に皆怒ったまま。

ウーバーは最後まで客には事情を説明せずに通しました。

さて、長かったですが、ここまでがイントロ。

この事件、完全なウーバーイーツ側のミスで、配達員としては、ウーバーふざけんな、となる話なのですが、興味深いことが起こり始めました。

アプリバグの全貌が明らかになりだしたころから、ツイッター上では、他の配達員を攻撃しだす配達員が多数登場します。

確かにバグだが、自分は一件目から「玄関先に置く」という定型文ぽい文章をみて疑い、客にインターホン越しに聞いて解決したから、特に被害は受けていない、など。

観察力やコミュニケーション能力が人並みにあれば簡単に乗り越えられる問題、この程度で騒いでるレベルの人が多いからウーバー配達員はバカにされるんだ、などと言いだす人がたくさんで始めてきた。

そんな大騒ぎするような問題かなー?、私は普通にお客様と連絡とりながら対応しているけど、みたいなすました感じのもある。

「ウーバーはこの程度のバグも自力で乗り越えられないような配達員を振り落とそうとして、わざとやってるんじゃないか」とかよくわからないマウントを取り始める人も出現。

更には、試しに客として頼んでみたけど、案の上「デキない」配達員が来て、確認もせずに玄関先に置いて行った、お前のような奴がいるからお客様の満足度が下がって、売り上げが減って、俺たちが苦労するんだよ、などとおっしゃる方もいます。

これがブラック企業か。

すごいよくわかりました。

そもそもウーバーイーツというのは、「どこの馬の骨が持ってるくるかわからない、でもその分安くて便利」というサービスであって、70点から80点くらいで良しとするサービス。

必要以上のサービスを求める人なんて、レストランにしろ客にしろ「ウーバーありえない、二度と利用しない!」と退出してもらい、本質を理解した、配達員・レストラン・客の3者で成り立たせるのが全体最適なサービス。

というか、勝手気ままな反面そういうレベルの対価しかもらえない。

でも、適当な包装とウーバーの安い配達料金で宅配してうまいこと金儲けしようとしているレストランや、無茶な長距離の注文をしておいて遅いとか冷めてるとか文句を言ったり、仕組みを理解しないで意味不明な要求をしている客が登場してくるわけで、その場合には現実を教えて退出してもらうべきところ、真逆で、無謀な注文を何とかこなそうと奮闘する人が出てくる。

もちろん、サービス業である以上、それなりの努力はするべきです。

しかし、モンスター相手に頭下げる必要は無いし、報酬に見合わずストレスになるような努力なんてしなくていい。

しかし、ちょっと揺らしただけで蓋から汁がこぼれるような容器をものすごい工夫して運んだり、仕組みを根本から勘違いしている客の意味不明な要求に対応したり、報酬が増えるわけでもないのに、ものすごく頑張る人がいる。

もちろん、別に悪いとは思はないし、立派なことだと思う。

他者を攻撃しない限りはね。

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しかし、人一倍努力して、他と同じ扱いで満足する人なんていません。

上述のアプリバグ対応で、「普通の観察力があれば何の問題もなく対応できる」などと平然を装う人と同じで、「標準」の水準を上げて、「これ位普通だと思うけど」と周りを攻撃し始める。

要するに勝手に序列を作って、自分の下を作り、見下すことで自己肯定感を満たしたいのだと思います。

そしてその勝手な序列の上に行くために、やらなくていい努力を「当たり前なものとして」する。

もちろん、序列が下の人は、「当たり前のこと」が出来ていないとなる。

これがブラック企業の本質なんでしょうね。

ハンナ・アーレントに「エルサレムのアイヒマン」という有名な本があります(別の記事で書いたことあるかな)。

ナチスドイツでアウシュビッツなどのユダヤ人大虐殺の実行部隊の責任者だったアイヒマンと言う人が戦後アルゼンチンに逃亡していたところ、イスラエルの諜報機関であるモサドが発見してイスラエルに連れて帰り、裁判を受けさせます。

1960年代ですから、戦後から15年以上経っていたわけですが、ある意味伝説の悪党であり、全世界がどんな極悪人が裁判に登場するのかと思って固唾を飲んで裁判に注目したわけですが、出てきたアイヒマンは大悪党からかけ離れた普通の人で、どちらかと言うと、サラリーマン根性丸出しの人でした。

自分は上司から命令されたことを誰よりも忠実に実行しただけなのにそれの何が悪いのか、というのが彼の主張でした。

さらに、イスラエルで行われた裁判ですから、ある意味死刑になることは既定事実で、裁判とは名ばかり、裁判するまでもない儀式のような裁判手続きだったわけですが、毎回、彼は一生懸命に資料を読み込んで裁判手続にのぞみました。

なぜかと言えば、裁判長から毎回、ちゃんと資料を読んで真摯に対応するように言われていたからです。

ナチスに入る前は、どちらかと言うと目立たないタイプだったらしいものの、どんな組織・グループに所属してもがむしゃらに出世を目指すために、周りと軋轢が絶えないというタイプだったようです。

なお、「エルサレムのアイヒマン」の副題は「悪の陳腐さについて」です。

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そして、こういう人って世の中にたくさんいるわけです。

勉強を頑張ること=先生に褒められること、仕事を頑張ること=上司から褒められること、と言った感じで、自分がしていることや組織の方針自体には疑問を抱かずに、その中で猛烈に全力を尽くす。

そして、周りの「手を抜いている」連中を見下し、上司になると「お前は努力が足りない」となる。

ブラック組織というのは、企業の体質の問題というより、中間層にいるこういうタイプの人材が支えているんでしょうね。

そして、上述のウーバーの配達員のように、自分が注文者側になって何をするかと言うと、同僚に対して、こんなことも対応できないのかよ、とBAD評価をあたえる。

つまり、ブラック企業を支える人というのは、おそらくほぼイコールでモンスターカスタマーなんだと思います。

そして、サービス提供側として部下や同僚に理不尽な奉仕を求めることと、客として会社側に理不尽なサービスを求めることは、コインの表と裏というか、自己肯定感の表と裏なので、抜け出せないループを形成しているのだろうと思いました。

この、視野の狭い自己肯定感の本質についてはこの記事では考えません。

カウンセリング重視派からすれば幼少期の親の愛情が薄くて自己肯定感に問題を抱えているのだろうし、戦後派からすれば忍耐を美徳とする日本特有の全体主義的な道徳観が生み出す歪みなのだろうし、人権派からすれば労働基本権の教育が義務教育の中に十分に組み込まれていないことが原因などなど、専門家の数だけ理由が出てくるでしょう。

そこはまた今度。

ただ、ブラック企業問題というのは、企業と従業員という強者と弱者の関係で生じる問題ではなく、従業員という弱者の中で発生している問題なんでしょう。

企業としても、対策したくても、コアな従業員の自己肯定感やアイデンティティーにかかわってくる問題ですから、変えようがないのかもしれません。

そして、その従業員が、会社から離れた瞬間、モンスタカスタマーとして別の会社で暴れ回るわけです。

モンスターカスタマーというある意味超わがままな個人の問題と、ブラック企業というある意味超従順な個人を支配する企業の問題、同時に起こるのも不思議なようで、同じ問題ということですね。

モンスターカスタマーに悩む職場があったとしたら、おそらくそこには、職員がモンスターに毅然とした態度をとることを許さず、その一方でプライベートではモンスターとして振る舞う管理職がいるんでしょうね。

逆に言うと、ブラック企業のブラックの本質は、モンスターカスタマー(社内含む)への尽きることのない対応が、自身がモンスターカスタマーである管理職のよって強要されることにあるのでしょう。

そして、根本にあるのは、客としても、労働者としても、モンスターである人の自己肯定感ということ。

人格的な肯定感の問題ですから、それを修正するというのは、個人の価値観というよりアイデンティティーそのものを破壊するのに等しく、相当難しいでしょうね。

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今回のウーバーの問題に関して言えば、本当は配達員としては、バグが治るまで、一致団結して玄関先に配達しまくるのがおそらく最適解でしょう。

そうすれば、トラブルが起こりまくるわけですが、そもそも怒っているのは客なわけですから、そのトラブルを根本の部分で止めずに客の満足度が下がれば、ウーバーとしては自分達の首が絞まることになり、まじめな対応をせざるを得なくなります。

しかし、ウーバー側が責任を全て配達員に押し付けて何とか済ませようと画策しているうちに、配達員の中から、これくらい標準的な観察力やコミュニケーション能力があれば大した話じゃないなんて話が出てきて、理不尽BADをもらいながら、各自あれこれ工夫して乗り越えてします。

ウーバーのいい加減なアプリ管理により引き起こされた怒るべき事態が、むしろ、実力が試される試練であり、自分がその他の仲間より優秀であることを示すチャンスになってしまい、本来文句を言うべきところに不満がいかず、仲間割れを伴う、自力で解決するべき問題みたいな空気が出来てしまいます。

その結果、ウーバーとしては、客の不満を引き起こしたのは配達員ではなく自身であるのに、それをうまく隠して、一部の配達員がバカなことしたみたいな話で済ませており、しわ寄せは全て配達員が受けています。

おきている状況を結果的にみると、ウーバーが引き起こしたバグトラブルを配達員たちがSNSで情報共有しながらなんとか自力解決して被害を最小限にとどめたわけですが、ウーバーとしては配達員がトラブルを起こした体で幕引きを図ろうとしており、実際にその試みは成功し、汚名は全て配達員が受けており、ブラックどころかギャグみたいな状況なわけですが、トラブルの発生過程を最初から体験してみて、ブラック環境を生み出し支えているのは、組織とか社会とか文化とかのフィクションではなく、労働者自身であるというか、人間であると、明確に認識することができました。

まあ、組織や文化や社会のないところで「個人」なるものは存在しないなんて言い出せば堂々巡りですが。

最期はわけわからなくなりましたが、要するに、一言で言うと、白土三平は本当にすごいということです。

江戸時代どころか、卑弥呼あたりから何も変わってないんでしょうね。