アントフィナンシャルの軌跡と野望


アントフィナンシャルとは、中国におけるQRコード決済の覇者アリペイの運営母体であり、アリババ・グループの金融会社のことです。


目次

はじめに

先日、『アントフィナンシャル』という、アントフィナンシャルの軌跡をまとめた本を読んでいたく感動しました。

この本は、北京大学の研究グループが発行した本で、あくまで専門書という位置づけのため、時系列や数字が詳細で、流し読みするにはだいぶ骨が折れますが、アントフィナンシャルのこれまでの歩みがよくまとまっています。

中国においてはキャッシュレス化どころか金融イノベーション自体が世界の先頭を言っているというのは聞いたことがあるかもしれませんが、それを支える会社の歩みを通してみていくと、その凄さに圧倒されます。

現金を持ち歩いている人が少ないとか、キャッシュレス決済の比率が高いくらいの単純なイメージは大間違いであることがよくわかります。

とんでもない化け物企業がすさまじいパワーで社会を動かしています。

また、最近は日本でもキャッシュレス化がよく話題に上がり、PaypayやLINE Payの役員などがメディアに登場して社会を変えるなんて発言していますが、そういったインタビューなどに登場するキラーフレーズ(「ライバルは他社ではなく現金」とか)は、数年前くらい前にアリペイの誰かが言っているセリフだったりして、ちょっとがっかりします。

そんな感じで、この本を読んで、次世代金融について考えさせられたので、以下、今後の日本のキャッシュレス社会の未来を占ううえで必須知識ともいえる、中国におけるアリペイの発展の歴史を主観的に概括してみます。

注意点

正確な歴史や数字は『アントフィナンシャル』を参照ください。

以下は主観的な分かりやすさを優先して私の中のストーリーに基づいて書きますので、厳密には事実に準拠していません。

サービスAを受けてサービスBが始まり、さらにサービスCが始まるかのような書き方をしていますが、実際には無数のサービスのアイデアがアリババ・グループの戦略の闇鍋の中にあって、同時多発的に発生したり消えたり改良されたり急激に成長したり複雑に絡み合っており、一直線の歴史があるわけではありません。

また、登場するサービス、私は何一つ使ったことないこともあり、勘違いがあったらご容赦ください。

アリペイの誕生

アリペイの誕生は、2003年で、タオバオというECサイトの誕生までさかのぼります。

タオバオというサイトは、日本で言うと、楽天とメルカリの中間のようなサイトで、要するに、個人や中小企業が商品を売買できるサイトです。

急速に成長しますが、ボトルネックは決済。

なぜかというと、当時の中国は、オンラインバンキングもATMも全然未整備のような状況。

初期のヤフーオークションのように、取引成立したら、当事者が直接会って受け渡しと支払いをするのも稀ではない状況で、見知らぬ他人同士が売買でつながるのは、非常にリスキーな時代でした。

そこで、アリペイ(というよりタオバオの決済担当チーム)が「保証取引」という仕組みを始めます。

これは、今でこそメルカリで当然のように使われているので、画期的と言われても、ふーんという感じでぴんと来ないところではありますが、要するに買い手が最初に払うのですがそれをタオバオがいったん預かり、売り手に支払い完了を通知、そしてそれを受けて売り手が商品を発送し、買い手が商品を受け取ったら到着通知をタオバオにして、到着通知を受けてタオバオが売り手に代金を支払うという仕組み。

この制度の導入でタオバオの取引数は劇的に増えます。

しかし、裏側ではとんでもないことが起きています。

なぜかというとすべてオンラインバンキングでやっていて、振込明細書などは手作業で整理していたから。

一日数千件の照合などを人海戦術でやっています。

しかも当時のIT環境だと、パソコンがすべての漢字に対応しているわけではないらしく、 玥(何て読むか知らない)は王月と二文字で登録する人とかが普通にいて、コメント欄に事情を書いてコミュニケーションするのが慣例だったらしいのですが、書き忘れなどが当たり前にあって、振込エラーが日に何件も生じていたらしいです。

そんな状況で取引数がどんどん増えていくと、銀行側でも作業がパンク寸前になり、ついにメインバンクから提携解消を言い渡されたりするわけですが、そこで登場するのが、アリペイ残高というバーチャル口座概念。

これも、今では当たり前のような概念ですが、電子マネーなどがない環境では画期的な発明で、入出金などは全てアリペイ残高に行うという仕組み。

そして、支払いも売上金振り込みアリペイ残高上で行われる。

もちろん、アリペイ残高への入金と、そこからの出金は銀行経由の手続きが必要なわけですが、アリペイ残高という概念を作ることで、アリペイ残高の中で売買を複数回繰り返す場合にはアリペイ残高を増減すればいいだけで、取引の都度1件ごとに入出金手続きをする必要がなくなり、事務手続きが大幅に減少するわけです。

また、その後各種ECサイトが発展し、決済でオンラインバンキングが登場するのですが、商品をカートに入れてから、利用する銀行ごとにその銀行のオンラインバンキングのサイトに飛び、パスワードを入れたり秘密の質問に答えたり、とにかく面倒だったところに、アリペイはアリペイ残高という仕組み片手に果敢に進出していきます。

そうして、このアリペイ残高を使った仕組みを他のECサイトに提供したりして、クレジットカードがそこまで普及していない中国で、アリペイが、オンライン通販の決済の覇者となっていきます。

バーコード決済の登場

アリペイの普及によりオンライン決済は劇的に便利になるのですが、そこにスマホの普及とモバイルファーストの流れが来ます。

アリペイとしても、モバイル決済に参入するのは自然の流れです。

オフライン決済、すなわち街のコンビニなどの実店舗でもアリペイ残高から支払える環境の整備を急ピッチで進めます。

そこで登場するのが、QRコード決済を含むバーコード決済で、バーコード読み取り装置のあるコンビニやスーパーなどでは、アプリに表示されたバーコードを見せるだけ、そういった装置のない小規模店舗などでは店頭のQRコードを客が読み取って決済するQRコード決済を導入します。

アリペイはバーコード決済の方向で突っ走ります。

しかし、実は、ピッとやるタイプのNFC決済とは一度大戦争しています。

まず、アップルペイが登場し、中国でもブームになります。

そして、それに乗っかろうとしたのが銀聯で、やはりNFCタイプの決済を導入しようとします。

一旦は、サムスン・ペイとかファーウェイ・ペイまで登場して、キャッシュレス戦争が起きるのですが、日本のようにもともとNFC決済がある程度普及していたというような状況ではないこともあり、導入コストが低いQRコード決済が最終的に買ってNFC決済は中国から姿を消します。

決め手になったのは、小規模商店の多い中国においては専用端末や回線の普及はさすがに難しかったことがあげられるようです。

しかし、QR含むバーコード決済対NFC決済の対決で雌雄を決したのは、設備や手数料ではなく、決済シーンの捉え方が影響した気がします。

つまり、NFCというのは決済にだけ注目したソリューションなわけですが、本当は決済というのは消費行動の一場面でしかないわけです。

以下で説明するように、ユーザーの消費行動全体の最適化という観点からは、QRコードの利用は優勢で、アリペイがそこを見事に利用したからこそ中国ではNFC決済が敗北したような気もします(ここはこの本読んで考えが変わったかも)。

ウィーチャットペイとの競争

銀聯との競争を制し、中国におけるキャッシュレス決済の覇者となったアリペイですが、思わぬライバルが登場します。

それが、ウィーチャットペイ。

Wechatというのは、日本でいうLINEみたいなチャットアプリで、中国で爆発的に普及していたのですが、それがLINE Payように決済機能をつけてきたわけです。

中国にはお年玉文化があるらしく(よく知らない)、春節などで挨拶がてらお年玉を送るらしいのですが、それがWechat Payで簡単にできるというので、爆発的にウィーチャットペイが普及します。

そのせいで、キャッシュレス決済の8割近い独占率を誇っていたアリペイですが、5割近くに落ち込むことになります。

これを受けてアリペイ陣営は滅茶苦茶焦ります。

そもそも、アリペイでの支払いや受取りも、ウィーチャットで「払ったよ」とか「確認したよ」とかメッセージのやり取りを伴うのが通常で、ウィーチャットペイがあればそのまま送金できるようになってしまうため、アリペイのシェアが奪われるのはある意味必然と言えるからです。

そこで、アリペイは、ソーシャル機能の拡充にまい進することになります。

もっとも、これが大失敗に終わり、アリババ陣営はいまだに、「自分達は二度とソーシャルはやらない」と言っているそうです。

ここのソーシャル進出と失敗の詳細は『アントフィナンシャル』を読んでもらうとして、ソーシャルから撤退する意思決定のところが面白いです。

まず、ソーシャル進出の失敗をアリババの幹部たちは総括するのですが、それがなかなか鋭い。

それが下記の見解。

ウィーチャットが送金機能を付加してきたのは当然である。お年玉やお小遣いなどをはじめ、親族間や友人間のコミュニケーションに、お金のやり取りは不可欠だからである。

しかし、自分達はアリペイというモバイルの財布を目指してきた。

タオバオにおける取引を安心して行えるように保証取引から始まり、アリペイ残高という概念を作り、それを他社ECサイトにも拡充し、さらにECサイト上の財布をそのまま実生活でも使えれば便利ということでオフライン(実店舗)でのバーコード決済を拡充してきた。

全てユーザーの利便性を考えて発展してきた。

しかし、これにソーシャルを付け加える動きは、ウィーチャットペイの躍進に動揺して本筋から外れた機能をユーザーに押し付けたものであり、財布にコミュニケーション機能の追加は必然ではない。

利益に目がくらんでユーザーに余計なサービスを押し付ければ失敗するのは当然である。

と結論付けてソーシャルから撤退します。

ではアリペイはどの方向に進むべきかというところで、登場するのが、キャッシュレスリテラシーが高い諸氏はご存じ、コウペイワン(口碑網)とユーウーバオ(余額宝)です。

コウペイワン(口碑網)とユーウーバオ(余額宝)

ウィーチャットペイとの競争を止めて、究極のモバイル財布としてのアリペイを追求する中で登場するのが、コウペイワンです。

これは、食べログとホットペッパーがくっついたようなサイト思えばよく、要するに口コミサイトなのですが、飲食店に限らず、美容室やマッサージ店等、リアル店舗はすべて含めます。

こういったサイトで、自分の住んでいる地域の店舗の状況が口コミ含めてよくわかる情報サイトを作り、それらに続々とアリペイ決済を導入していきます。

アリペイ決済の導入と言っても、店舗を営業マンが回って、各店舗で会計時にアリペイが使えるようにしたというわけではありません。

飲食店であれば、アリペイ上で予約もできれば、テーブルについてテーブルに貼ってあるQRコードを読み取ると、会計が出来るだけでなく、自分のスマホから注文もできます。

最近は、牛角などの居酒屋でもテーブルにiPadが置いてあって、店員さんを呼ばなくてもそれらで注文する形式が増えていますが、そんなタブレット端末を用意するまでもなく、客はテーブルのQRコードさえ読み取れば自分のスマホから注文できるわけです。

美容室でも、アリペイ上でメニュー選んで予約して、後は店に行ってカットが終わればそのまま帰ってくれば、勝手に料金はアリペイ残高から引かれています。

そして、もっとすごいのがユーウーバオ(余額宝)。

これは、難しく言うとアリペイが証券口座になるというものですが、簡単に言うとアリペイ残高には利息が付きます。

アリペイ残高を簡単にMMFという安全性の高い投資信託みたいなものに投資することが出来て、いつでも解約できるどころか、しかも元本保証です。

そして、1元から運用され、残高がいくらであれ利息が付きます。

アリペイ残高からユーウーバオ(余額宝)残高への移行は、アリペイアプリ上で簡単にでき、一番最初でも4クリックで完了して、いつでもアリペイ残高に戻せますし、そもそも戻さずにそのまま買い物に使うことが可能です。

これが爆発的に流行し、数億人という単位の中国人が、朝起きたら最初にユーウーバオ(余額宝)を開いていくら残高が増えているか確認するようになるまで、1年もかかっていません。

他にも、ユーウーバオの兄弟で、ジャオツァイバオ(招財宝)というサービスもあり、これは完全な証券口座ですが、アリペイアプリ上で簡単に定期理財商品、すなわち利率は良いけど投資期間が定められた期間物の投資商品が買え、しかもいつでも解約出来て、なんと解約までの期間分の利率をもらえるというかなりアグレッシブなサービスです(これはいろいろやらかしてますが)。

こうしてアリペイは事実上、証券口座にまで進化したわけです。

このように、コウペイワン(口碑網)とユーウーバオ(余額宝)により、アリペイというのは、決済機能だけを担う日本のPaypayやSuicaなどとは完全に別物というか、次世代の物になっています。

コウペイワン(口碑網)を通じて、サービスのチェックインからチェックアウトまで決済を含む消費行動全体を洗練し、さらに、ユーウーバオ(余額宝)により、アリペイ残高は、銀行に預けておくよりも財布に入れておくよりもより利回りで安全に運用できます。

その一方で、アリペイは、ECサイト上での買い物履歴だけではなく、コウペイワン(口碑網)からユーザーの行動履歴を、ユーウーバオ(余額宝)からユーザーの資産状況まで掴めるようになりました。

阿里小貸(アーリーシャオダイ)

ここにきて今さらながら、アリババ・グループに戻る必要が出てきます。

アリババという会社はジャック・マーという人が、起業家としては2度の失敗(倒産)を乗り越え3度目に作った会社です。

そして、そのビジョンは中小企業・零細企業のビジネスを劇的に改善させるサービスを作ることでした。

そこで始まるのは上でも紹介したタオバオとアリババです。

タオバオは、メルカリと楽天の中間のようなBtoCないしはCtoCサイトで、中小企業や個人が個人消費者相手に通販をするプラットフォームです。

他方でアリババというはBtoBで、中小商店と中小工場をつなげるサイトで、アリババのサイトを見てみるとわかりますが、様々な製品について、1個0.5ドル(注文は最低1000個から)で商談に応じますといった情報だらけで、完全に業者間の卸売りをつなぐサイトです。

中国では、多くの中小商店が、アリババで仕入れてタオバオで売るということをしています。

これによって、中国の中小企業の取引は劇的に活性化するのですが、ジャック・マーとしては、中小企業の活性化のためにどうしても避けられないことがありました。

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それは、自身の起業失敗経験にもつながりますが、中小企業への小規模融資です。

ほんの少しのつなぎ融資でさえ、ほとんどのスタートアップ企業が、借入実績が無いの一言で銀行から門前払いにされる状況を変えたかったわけです。

そこで、アリババとタオバオの2大ECサイトの管理を通じて、加盟店のビジネスの状況はかなり詳細につかんでいるので、アリババは銀行と組んで、中小企業向けの少額融資事業を始めます。

しかし、これが上手くいかない。

融資のノウハウのないアリババの意見は基本的に通らず、銀行主導で進められたため、融資の審査通過率は2%という、ジャック・マーの理想からは程遠いものでした。

ジャック・マーとしては、加盟店のほとんどが利用するような融資サービスを作りたかったわけですが、銀行側からすれば、アリババから追加でもらえる情報である、サイトの訪問者数や取扱商品数などの情報は大した情報ではなく、ただ、アリババ加盟店の中から、自分達の眼鏡にかなう優良企業を拾い上げただけでした。

詳細は『アントフィナンシャル』譲りますが、アリババも相当頑張っていろいろ工夫するのですが、全然うまくいかず、ついにアリババは、銀行との提携を解消し、完全に独自で事業を進めることを繋げます。

そこで登場するのが、中小企業向けマイクロファイナンス事業であるアーリーシャオダイ(阿里小貸)です。

なお、アーリーシャオダイ(阿里小貸)のスタートは、ジャック・マーが立ち上げメンバーに、1件につき20万元(300万円位)以上貸し出した者は即解雇するという言葉から始まります。

何が何でも零細企業向けのマイクロファイナンス企業を成功させるという意気込みをもって始まった会社です。

アリババとしては、失敗したとはいえ銀行との提携でそれなりに融資ノウハウは吸収しましたし、ECサイトなどを通じて、加盟店の情報は相当持っていました。

しかし、IT企業としての自負をこじらせて、それらのオンライン情報を組み合わせて与信判断のデータモデルを組んだりはしません。

そこがさすが。

人海戦術で、半年の間に数万社の中小企業を訪問し、工場の写真を撮ったり、カスタマーセンターの応答速度を図ったり、公共料金の支払い状況を調べたり、水道や電力の消費量の推移を記録したり、オフラインの情報を徹底的に収集します。

徹底的に情報収集に努め、どの情報が重要なのかを丁寧に吟味していきます。

そして、少しずつ地域を広げ、業種を広げ、融資総額を増やして、与信判定モデルを精緻化しながら、ビジネスを拡大していきます。

面白いのが、水文モデルを採用するという話。

これは、行政庁が河川の水位から洪水対策などのアクションを決めるモデルらしいですが、特定時点の川の水位だけ見たって、何の役にも立たないわけです。

過去の同時期との比較、同時期の他の河川の水位の変化などと比較して初めて、洪水のリスクが計測できるわけで、アリババはこのモデルを加盟店の業績評価にも応用し、加盟店の特定の数値だけ見て与信判断するようなことはなく、同業者との比較やECサイト全体の売り上げ傾向など、様々な情報と組み合わせることで、オープンわずかな店舗でも、季節的変動や一時的なセールを除外した平常ベースで加盟店の業績を分析します。

このモデルの採用により与信判断の確度をあげたそうです。

最終的にこれらの努力が結びつき、「310モデル」と「注文貸付」として実を結びます。

310モデルというのは、加盟店に対する融資において、全てスマホアプリ上で完結するどころか、申請3分、審査1分、関与社員数0人というモデルで、融資一軒当たりのコストは数百円まで下げています。

そして、注文貸付というのは、加盟店に注文が入ってから、その売り上げに基づいて融資をするモデルで、タオバオ上では、多くの加盟店が利用しているらしいですが、注文があってから融資を申し込むと5分くらいで振り込まれ、そのまま卸売市場に走っていって購入して発送し、売上代金が振り込まれる時に返済額が天引きされるというモデルです。

融資の記録は、タオバオ上でビーフジャーキーを売っているおばさんらしく、5年で3,794回の融資を受け、最少額は3元(50円位)、最高額は5万6,000元(8万円位)だそうです。

こうして、零細企業や個人事業主向けのマイクロファイナンスが登場するわけですが、その過程で築き上げた与信判断モデリングを、アリペイの持っている購買履歴、行動履歴、資産状況と組みあわせて登場するのが芝麻信用(ジーマ信用)です。

芝麻信用(ジーマ信用)

芝麻信用というのは、別の記事でも書きましたが、個人の購買行動とか財産状況などから個人の信用状況を点数化する仕組みです。

これも、ジャック・マーに言わせると必然の流れです。

彼がアリババ起業で成し遂げたいのは、中小企業や個人事業主の活性化で、アリババやタオバオのような販売プラットフォームの提供や、阿里小貸のような少額融資の仕組みの提供である程度実現していますが、零細企業の苦労の根本は解決していません。

経済学でレモンの市場という言葉があり、市場の失敗の代表例ですが、中古車市場などが典型例です。

レモンというのは、おいしそうなのに、かじるとすっぱすぎて食べられません。

それと同じで中古車というのは、外観がきれいで整備済みなんて言いながら、買う側だけではなく、売る側も本当のところは品質についてよくわからなくて、市場における価格調整機能がうまく機能しないわけです。

実はそれは個人相手の金融事業にこそ言え、消費者金融など、レモンみたいな人間が少しいるせいで、全員レモンのような前提でビジネスモデルが作られています。

基本的に、中小企業や個人相手のビジネスでは疑心暗鬼というか、信用できないのが基本で、それゆえに市場全体に非効率が蔓延していると考えられるわけです。

そこで、ジャック・マーは、信用システムを社会に構築し、他人同士がお互いに信用してビジネスをできるようにする社会を目指そうと動き出し、芝麻信用を始めます。

芝麻とはゴマのことで、小さい粒でも栄養豊富を意味し、日々の積み重ねこそが重要という意味が込められているようです。

もちろん、最初は恐る恐るこのサービスは始められます。

購買履歴や行動履歴、さらには資産状況などを勝手に集めて個人を点数化するとは何事か、という意見が出ることが容易に予想できたからです。

しかし、そうならなかったのです。

新社会人や学生を中心として、これまで借り入れをしたことがないから信用がないとか、クレジットカードを作ったことがないから信用がないとか、考えてみればおかしな話で、そういった仕組みにこそ不満を持っている品行方正な人がたくさんいたからです。

また、芝麻信用側としても、信用を、

1.道徳的信用
2.法令遵守度
3.支払い遵守

の3つに分け、1と2を収集しても仕方がなく、あくまでも支払いという場面に限って情報を収集することにしたことも成功の要因となりました。

芝麻信用の信用は、経済的な信用に限定されています。

時々勘違いされていますが、なんでもかんでもスコア付けされわけではなくて、あくまで支払い関連情報をスコア化して経済的な違約率を明らかにするもので、公共料金や通販の代金などを支払っている限り、おかしな点数がつけられることはないようになっています。

美容室の予約に遅刻したからと言って、スコアが下がることはないわけです(たぶん)。

もちろん、様々な要素が勘案されるわけですが、交際関係などは大して参考にならないことが分かっていて(影響しないわけではない)、経済的信用においては、支払い履歴と行動傾向(収入と支出のバランス)の2つが重要だそうです。

そして、何よりも、スコアが一定以上の人においては、様々なメリットが受けられます。

最初に浸透したのは、スコアが一定以上の人は、レンタカーでデポジット不要というサービスで、最初はデポジット不要にしたとたんに貸し倒れが多発したらしいですが、神州租車というレンタカー会社が、根気強くパートナーシップを続けてくれたお陰で、芝麻信用は精緻化されていきます。

他にも不動産賃貸では敷金不要など、学生や新社会人には大歓迎を受けているようです。

また、これを活用した病院も登場し、スコアが一定以上の人は診療費・薬代の後払いが可能で、順番待ちしなくて、受付・診察・薬の受取が可能で、清算は帰宅後でよく、病院滞在時間は約60%短縮するそうです。

その一方で、債務不履行などをすると様々なサービスを受けられなくなるため、結構大きな影響を社会に与えていて、不払いを放置していた人が、ぞくぞくと支払いを済ませるという現象も起きているようです。

中国には、日本でいう最高裁判所に当たる最高人民法院が公表している、信用失墜被執行者リストなるものがあるそうですが(名前がすごいですね)、芝麻信用と最高人民法院が提携し、これを芝麻信用に組み込みはじめたら、2ヶ月で、1.5万人の信用失墜被執行者が債務を返済したようです。

2,3年放置していた人が、いきなりレンタカーを借りられなくなったり航空券が買えなくなったりして、あわてて支払いを済ませるというケースが増えているようです。

このように、ある場所で不払いを起こしていても、その情報が共有されていないため、そういった輩が平然と社会生活をおくっていたり、別の場所で不払いを繰り返すという問題が実は社会にはあります。

そこで、芝麻信用としては、各業界とブラックリストの共有などをして、信頼関係を前提とした、デポジット不要で後払いが原則の社会づくりに貢献しようとしているとのこと。

今回の記事では個人的なこのサービスへの論評は避けます。

アントフィナンシャルの目指すもの

これまで取り留めもなくアリババ・グループの金融サービスをその軌跡をたどりながら紹介してきましたが、その金融グループを統括している会社がアントフィナンシャルです。

アントは蟻のことで、小さな力でも結集すれば像をも倒すといわれますが、蟻が結集するプラットフォームとなるということでこの名前になっています。

そして、見てきたようにそのサービスラインは、

1.決済
2.資産運用
3.消費者金融
4.保険(これ触れなかった)
5.信用調査

とすごいことになっています。

既存の金融機関にとっては脅威に映るわけですが、アントフィナンシャル自身は、自分達は既存金融機関と競争する気はないとずっと言っています。

自分達は、フィンテック企業ではなく、テックフィン企業なのだと。

なんだかよくわかりませんし、ほかのベンチャー企業と一緒にするなという気概だけの言葉遊びの気もしますが、内実もあります。

というのも、アントフィナンシャルは、自分達の3本柱は「プラットフォーム、データ、テクノロジー」の3つであり、1プレイヤーになる気はないと宣言しているからです。

まず、プラットフォーム。

旗艦サービスにはアリペイという財布があります。

決済に利用するだけでなく、保険を売ったり、投資商品売ったり、お金を貸したりいろいろしているわけですが、アリペイ的には、ほかの金融機関もどうぞ参入してください、というスタンスでやっています。

あくまで、様々な金融機関が金融商品を販売するプラットフォームとしてのアリペイを目指しています。

2つ目は、データ。

様々なデータを各金融機関に提供すると言っています。

芝麻信用をはじめ、自分達が持っているデータを提供し、各企業が自社で集めたデータと融合して商品開発することをサポートすると言っています。

3つ目は、テクノロジー。

自分達が持っているビッグデータの分析技術やセキュリティ技術を積極的に提供していくとしています。

これらが、フィンテックではなくテックフィンだと言っている理由みたいなもので、要するに自分達は金融業ではなく、テクノロジー企業だと言っています。

金融業界全体を、自分達のテクノロジーで変えると。

全ての金融業が自分達のプラットフォーム上で、自分達の技術サポートを得て、自分達のデータを使いながら、ビジネスをするような未来を目指しています。

最後に、アントフィナンシャルのHPには以下の3原則が書いてあります(勝手に要約してます)。

1.IT企業と金融企業はライバルでもあるが互恵関係にある。転覆させようとするのではなく、自分達は金融機関がユーザーに最良のサービスを届けられるようにサポートしていく。

2.IT企業はシェア争いに没頭し閉鎖系を作りたがるが自分達は積極的にプラットフォーム、データ、技術を開放・シェアし、まったく新しい業務形態を作る。

3.イノベーションで新経済・新業態に奉仕する。投資型経済に適した金融から消費型経済に適した金融への移行が多くのイノベーションをもたらす。

自分達は既存金融機関のライバルではない、すべての金融機関が自分達のプラットフォームの上で活動することを目指しているというのは、すごいですね。

これが、中国が生んだモンスター企業、アントフィナンシャルです。

おわりに

『アントフィナンシャル』という本を読んで、感銘を受けたので、一気に書いてみました。

こういうのは、興奮状態で書くのが良いかなとも思い、あまり見返さないで書いたので、間違いがあったらすみません。

また、保険の話と農村金融の話は、どこに入れたらよいか今一つ不明だったので端折りました。

アントフィナンシャルは、アリペイ上で様々な保険を売っていて(アカウント乗っ取られ保険とか、返品送料負担保険とか)、しかも個人ごとに保険料は異なります。

いろいろと端折りましたが、そもそも、ブログの記事でまとめるにはかなり複雑で壮大なテーマなのでご容赦ください。

本編とは関係ないですが、読んでいて面白かったのが、この会社は、ポイントポイントで、しょっちゅう合宿することです。

何かあると、事業部全体、選抜チーム、幹部などが、長いときは1ヶ月とか寝袋もってビルの一角に集合して、合宿をして、酒を飲みながら夜通し激論しながら、新サービスの計画を一気に仕上げたりします。

本の前半で、NBAのスタープレイヤーである、コービー・ブライアントの「君は明け方4時のロサンゼルスを見たことがあるか」という名台詞が登場しますが、そんな感じで、熱いチームが昼夜問わずにアリババ革命に没頭している様には、楽しそうで、少しうらやましい気持ちになりました。

日本は国民の気質も含む環境が中国とは全く異なる状況ですから、日本の金融がアリペイの発展と同じような軌跡を描くとは限りませんが、今後のキャッシュレス社会の進展を占ううえで大いに参考になるような気がします。

非常に読み応えのある本でした。

さあ、日本はどうなるか。

そんなことより自分はなにしてるんだとなる本です。