ゴーンさんの特別背任容疑のポイントを整理


これ本当にどうなるんだろうか。

目次


はじめに

相変わらずゴーンさんはニュースをにぎわせています。

とはいえ、容疑が金商法違反から特別背任に変わったこと、およびゴーンさんが徹底抗戦の構えを見せていることは知っていたのですが、具体的な争点はよくわからなかったので調べてみました。

そこで、自分なりにわかりやすく整理してみたいと思います。

金融商品の話

ゴーンさんの容疑の中にもデリバティブ契約が登場します。

金融商品、デリバティブ、為替スワップ取引といった単語を聞くと、どうしても専門性が高いように思えてしまいます。

しかし、デリバティブとは何かという話と、個々のデリバティブ商品の難解さは全く別の話で、デリバティブとは何かというのを理解するのは大して難しくありません。

そして、この事件におけるゴーンVS検察の攻防を理解するのも、デリバティブとは何かという原則論さえわかっていれば簡単で、ゴーンさんが具体的にどういうデリバティブ契約をしていたかは全体像を把握する第一段階では関係ありません(まあ、個人的な予想では最終的に契約の中身が争点になると思っているのですが、それは第2段階の話です)。

巷の解説記事を読んでいると、どうもデリバティブの説明などで変な方向に脱線しているものもあるようなので、デリバティブの大枠だけ説明して、今回の事件をめぐる対立点を整理し、最後に補足としてデリバティブの内容に入るという順序をとろうかと思います。

キャッシュとデリバティブ

金融商品というのは大きく2つに分けられます。

キャッシュ・プロダクトとデリバティブです。

キャッシュ・プロダクトというのは、現金みたいなものだからキャッシュと呼ぶのか、理由はよく知りませんが、株とか債券のことを言います。

今では電子化されて券面はなくなっちゃいましたが、株とか債券とか投資信託など、現金と引き換えに購入するものをキャッシュ・プロダクトといいます。

この手の金融商品は直感的に理解しやすくて、現金と引き換えに何らかの証券(モノ)を受け取り、その証券の価格が日々変動し、どこかのタイミングでその証券を売却してまた現金に戻るという金融商品です。

デリバティブはこれとは全然違います。

具体例で示します。

A「今1ドル100円だな」
B「そうだね」
A「今後どうなるかな?」
B「おれは90円まで円高になると思うよ」
A「90円まではいかないだろう」
B「まあそこは分かんないけど95円まで行くのは確実だと思うよ」
A「自信ある?」
B「ある」
A「じゃあさ、1か月後にその時の相場で1ドルの分の円と95円交換しようよ。おれが95円払うから1ドル分の円くれよ」
B「いいよ、受けて立つよ」

これがデリバティブです。

要するに、日本語でうまい言葉が無いからデリバティブとカタカナで呼んで、しかも新聞記事などでは英語を直訳して派生商品なんて呼んだりするからわけわからなくなりますが、本質的な意味での日本語の対訳を考えれば、『賭け』が近いです。

「じゃあ、賭けようぜ」

という場合の賭けをビジネスとしてやる場合にデリバティブと呼ばれます。

もう少し固く言うと、一定の期日に、何らかの条件に基づいた金銭の受け払いをする約束のことを意味し、『金融商品』と呼ばれるのですが、現実には『商品』ではなく、契約そのものです。

キャッシュ・プロダクトの場合、投資時点で現金と証券の交換は終わっており、最悪でも証券が紙くずになって終わりで、誰か怖い人が、追加の金払えと押しかけてくることはありません。

しかし、デリバティブの場合は、契約時点では何の支払いも生じない代わりに、契約した精算日に支払いが発生するリスクがあり、その金額が契約時には読めないというリスクがあります(もちろん、上の為替の賭けの例などのように、いくら何でも1ドル50円とかにはならないだろうという意味での現実的な枠はある)。

デリバティブの担保

キャッシュ・プロダクトの場合、今では電子化されているとはいえ、あくまで証券という現物があり、それを現金で購入するところから取引がスタートします。

コンビニでモノを買うのと同じで、株なり債券を買う場合には即金で支払うので担保などは登場しません。

デリバティブの場合も、約束したときには何も起こりません。ただ、賭けの合意をするだけです。

最終的に、どっちかは支払う側になるのですが、契約時点では、お互い自分が儲ける方だと思っているから取引するわけですし、勝ちと負けがはっきりするのは約束の期日です。

したがって、本来的にはデリバティブには担保がありません。

この点、銀行からお金を借りる場合は、借りた時点で、将来の一定時点で一定の金額を返済することが決まっていますから、銀行は金を貸すと同時に、もし期日に返済されない場合は、建物と土地をもらいますよと言って、不動産を担保に取ります。

しかし、デリバティブの場合は、債権債務が確定するのは精算日であり、契約した時点では、お互い対等ですから担保はありません。

とは言え、約束の期日が近づくにつれて、勝負の行方はある程度見えてくるわけです。

そして、片方が大損しそうなときに、プロ同士の取引で、決済日まで何もせず、負けた方が期日にきっちり払ってくれるのを祈って待つというのはあり得ません。

そこで、デリバティブ契約では、毎日、今精算したらどうなるかを計算し、その金額が一定以上になると、負けそうな方が、担保金を入れるという担保契約を同時に結びます(どのような場合にいくら担保を入れるとかは契約次第で、損失が一定以上になった場合にその何割を担保として入れるというゆるいものもあれば、事実上毎日清算しているに近いようなタイプもある)。

先物取引や信用取引における追証(おいしょう)すなわち追加証拠金と同じようなものです。

というか同じもので、素人の個人が証券会社に口座を開いて先物取引や信用取引をする時には、株券のように紙くずになって終わるだけでなく、手じまいしたときに損失(支払)が発生する可能性があるので、証券会社(厳密には市場)に対し、自分は取引をする資格がある者であること(一定以上の損失に耐えられること)を証明するために、証拠として「取引証拠金」というものを差し入れ、含み損が膨らむとその証拠金の追加積み立てを求められるという仕組みがありこれが追証といわれます。

デリバティブ契約での担保の積み立ても追証とまったく同じです(スワップの場合の担保を証拠金と呼ぶのは一般的でないような気もしますが(かなり自信ない)、まあどうでもいいかな)。

経緯1:デリバティブの付け替え

さて、ゴーンさんの話。

まず、ゴーンさんは個人的にデリバティブ契約を新生銀行相手にしていました。

もちろん、上述の説明をした通り、デリバティブを契約したというのは、将来の一定時点での資金の受け払いを約束しただけで、契約上の精算日までは何も受け払いは発生しません。

しかし、リーマンショックが起きて、ゴーンさんの負けが濃厚となり、2008年の時点で、もしその時点で精算するとゴーンさんが18億円払うという状況になりました(18億円の含み損の発生)。

もちろん、実際の損失額は将来の精算日当日になってみなければわからないわけですが、新生銀行としては、デリバティブ契約と同時に結んでいた担保契約に基づいて、現時点での含み損の全額ではないのですが、10億分位担保を入れてくださいとなりました。

しかし、ゴーンさんは直ちに現金10億円用意できませんでした(リーマンショックの時なのでおそらく保有日産株の価値も大幅下落していたことも影響していると思われます)。

そこで、何をしたかというと、デリバティブ契約の主体の変更を行い、新生銀行VSゴーンという契約を新生銀行VS日産という契約に巻き直しました。

キャッシュ・プロダクトの場合、株なり債券という現物を売却したりすればいいのですが、デリバティブの場合は契約なので、不動産の賃貸借契約における借主の変更と同じで、3社間で合意して契約を巻き直す必要があります。

もちろん、ゴーンさんから、契約主体を日産に変更すると言われたときに、損失が発生してるデリバティブ契約を上場企業に付け替えるなんて、ヤバそうな感じがしますから、新生銀行は難色を示すわけですが、取締役会の決議を取れば問題ないだろということで、ゴーンさんは取締役会決議をとって、実際に自分のデリバティブ契約を会社に付け替えました。

その結果、新生銀行VSゴーンのデリバティブ契約は終了し、新生銀行VS日産という新しいデリバティブ契約がまったく同じ条件で締結され、日産側に18億の含み損が発生していることになります。

しかし、新生銀行としても、相手が日産になれば信用力がありますから18億円くらいで担保を要求する必要もなくなり、対日産の新契約において担保の差し入れは不要で話はつきます。

しかし、案の定金融庁などから何やってんだと怒られて、この契約はまたゴーンさんに戻るのです。

これが経緯の前半。

対立点1:会社の損害とは何か

検察はこのデリバティブ契約を付け替えた時点で特別背任は成立するとみているようです。

個人で行っていたデリバティブ取引において、含み損が発生して担保金を求められたが払えないからといって、契約主体を自分から会社に付け替えるとは何事かと。

含み損のある契約を会社に付け替えた時点で背任だと。

背任を認定するためには会社に損害が発生しないといけないわけですが、含み損のある契約を会社に押し付けた時点で、会社に損害が発生していると主張しています。

しかし、ゴーンさんは反論しています。

担保金を調達するまでの間一時的に会社に付け替えただけで、取締役会決議にかけたときも、「会社に一切損はさせない」と条件付きで決議していると。

そして、実際に、1円の支払いも会社に発生しないまま契約を自分に戻していると。

一時的に会社に付け替えただけで、何の損害も出していないじゃないかと。

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また、独断でやったならまだしも取締役会決議を経て、しかも、会社に一切損害を与えない旨を付帯して決議していると。

社長として、会社に損を出させないように努力すべき任務に反していないと。

これが対立点1です。

テクニカルには、何をもって「損害が発生した」と認定されるかがポイントです。

含み損のある契約を会社に付け替えた時点で背任なのか、それとも会社に損はさせないと一筆書いて取締役会決議を経たうえで会社に契約を移転して、現実の支出を出さない間に自分に戻せば背任とは言えないのか(なお、会計上、デリバティブは時価評価ですからこの含み損はPLに影響するはずですが、四半期の間に付け替えてまた戻しているので決算書上の損失も出てはないようです)。

これ裁判所はどう判断するんでしょうね。

個人的には、取締役会決議を経ないで勝手に付け替えたなら別ですが、会社の社長が個人的に困って一時的に会社が助けても(会社が信用を貸して担保提供を銀行に少しの間待ってもらったことになる)、取締役会決議にかけてしかも会社に具体的に損が出てないなら、背任とまでは言えないような気もします。

経緯2:ジェファリ氏の登場

一旦会社に付け替えたデリバティブ取引ですが、一時的だとは言え、社長個人のデリバティブを会社が肩代わりなど、大企業が何やってんだと金融庁におしかりを受けて、契約を再度巻き直してゴーンさんに契約主体は戻ります。

とすると、新生銀行としてはまた担保を要求することになります。

そこで登場したのがゴーン氏の30年来の友人とされるサウジアラビアの実業家のジェファリ氏。

この人が、30億円の信用状を新生銀行に担保として差し入れます。

信用状というのは聞きなれないかもしれませんが要するに為替手形みたいなもの。

その為替手形っていうものが何だという話になりますが、ジェファリ氏が、何かあったときには俺が30億円払うなどと一筆(念書)書いて差し出したところで、新生銀行としては、誰なんだこの人は?となるので、ジェファリ氏としては自分の取引銀行に30億預けて、その銀行に、「何かあれば当行が30億円支払います」という手形をだしてもらって、新生銀行に送ったわけです。

これで済めば話は簡単。

ゴーンさんは30年来の友人に担保を肩代わりしてもらったというだけです。

しかし、その後、ゴーンさんは自分が自由に使えるCEO予備費という所(予算化されていない)から販促費として16億円をジェファリ氏に支払っているようです。

この支払いを巡って、ゴーンさんと検察は対立しています。

この16億円は何の対価なのかと。

対立点2:16億円の対価性

日産がジェファリ氏に払った16億円ですが、検察としては、30億円の担保を入れてくれた謝礼とみなしています。

検察からすれば、会社に負担はさせないなどといっておきながら、販促費の名目で個人的な謝礼に16億円も会社の金使って、会社に損失出しているじゃないかと。

しかし、ゴーンさんは反論します。

ジェファリ氏は中東地域の重要なロビイストで、中東王族からの投資を呼び込む活動や中東地域でのトラブル解決などに多大な貢献をしてもらったと。

検察は、日産の中東地域の担当者の証言をすでに取っており、その担当は、この16億円の対価たる活動は確認されておらず、不要な出費だったと証言しています。

したがって、この16億円、名目は販促費ですがその実体はなく、ゴーンさん個人への担保提供への謝礼を会社の金で払っただけとみなしています。

これも難しい論点です。

裁判所は難しい判断を迫られそうですが、販促活動の実態がないという点に関して、検察としても無いものは無いのであって、実体はなかったという担当者の証言以外に立証しようがありませんから、ゴーンさん側が、ジェファリ氏の貢献を具体的に反証できるかどうかにかかってきそうです。

まあ、ここはゼネコンなどの日本の大企業ではよく聞く論点でもあります。

日本ですら少なからず難しい地域があって、企業がその場所に進出しようとするときなど、その筋の顔役的な方に謝礼を払わずには済まないわけですが、当然、コンサルタント料とか販促費で処理します。

しかし、税務署は、現実をよく知ってるくせに、このコンサル費には実体がないなどと難癖をつけて、交際費認定したりして、追徴課税してきます(私の知ってる会社はそれでNHKで所得隠しとして報道された)。

このノリで裁判所が判断したら、コネなしにはどうにもならない面がある中東地域でのビジネスの難しさなんてお構いなしに、実体がない販促費と認定しそうですが、どうなるでしょう。

とはいえ、日本の権力の全く及ばないところでつながっている人たちですから、後からロビイ活動実績をでっちあげるなんて言うのは電話一本で可能で、保釈を認めない判断はやむを得ないでしょう。

対立点1のところだけ見ると、かなり微妙な気もしつつも、やや検察に無理があるような気がするのですが、対立点2の16億円の販促費の実体がないと判断されれば、対立点1はもはや関係なく、個人的な信用協力に対する謝礼を会社の金で行ったわけですから、会社の私物化といって問題なく、背任罪は成立するんだろうと思います。

補足:怪しい取締役会決議

対立点1にはややテクニカルな補足があります。

実は、最初の、デリバティブ契約を会社に付け替える時の取締役会決議に問題があって、真正面から決議してないという疑義があります。

というのも、会議に提出されたのは、「秘書室長に為替スワップを締結する権限を与える」という議題で、ゴーンさんの名前や具体的な契約についての説明は一切されていないようです。

そしてこの決議を受けて秘書室長が自らの権限に基づき、新生銀行VS日産のデリバティブ契約を締結したわけです(実態的には契約の付け替えですが、テクニカルには、ゴーンVS新生銀行の旧契約の二者間での終了合意と、日産VS新生銀行の新契約の二者間での締結)。

検察に言わせれば、事実を隠して取締役会に議題をあげて秘書室長に権限を与えて、こそこそ契約の付け替えをしたこと自体が背任行為を裏付けるものであると主張しています。

しかし、ゴーンさんは、何もおかしくない、そもそもこれは、会社に損失を与えるような契約ではないと主張しています。

どういうことでしょうか。

そもそもこのデリバティブ取引、ゴーンさんは海外で生活しているのに給料は円でもらうことから生じます。

つまり、ゴーンさんとしては円でもらった給料をドルに換えて生活費にするので、常に為替リスクを抱えていることになります。

そこでゴーンさんとしては、給料の金額が決定したときから実際に振り込まれる間に、円高であればドルベースでは損、円安であればドルベースでは得するわけですが、そのリスクを嫌って、そのリスクと逆方向で損得がでるようなデリバティブ契約を結んでいました。

つまり、ギャンブルをしていたというより為替のリスクをヘッジしていたという感じで、円で給料をもらっても、為替相場次第でドルへの変換額が変わってしまうのを避け、デリバティブで逆方向の取引をすることで、事実上ドルベースでの給料の受け取りを固定化しようとしていました。

しかし、報酬は毎年もらう反面、デリバティブ契約は数年間分まとめて行っていたため、実際に円の給料が支払われてドルに換えるタイミングの前に、デリバティブ契約の含み損が発生したせいで、担保として現金を払う必要が出てしまいました(たぶん)。

こう考えると、確かに最終的に損が発生する可能性はあるとしても、デリバティブの精算日には、実際に日産からもらった給料を渡せばいいだけで、ゴーンさんが払えなくなるという事態は生じません。

そういう、円で給料をもらう外国人経営者のために、円建ての給料から生じる為替リスクをヘッジするための為替スワップを締結する権限を秘書室長に与えてそれを実行しただけで、会社に損が発生しない限りでの為替スワップ契約の締結権限を秘書室長に与えても何ら問題はないとゴーンさんは主張しています。

これも微妙な話で、検察の言うようにこそこそ真実を隠して取締役会決議をしたと捉えられないわけではないですが、ゴーンさんの言うように、外国人役員への円建て報酬のリスクヘッジ目的の為替スワップを、会社に損が出ないように締結する権限を秘書室長に与えても、それは役員に対する福利厚生的な話の枠内ですから問題ない気がします。

これについては、正直裁判所次第で、色んな人が検察に分があるとか、検察には無理があるとか言っていますが、もれなく開国派と攘夷派の後付けポジショントークです。

というより、ここで背任かどうかを決着させようとすると、さすがに具体的な為替スワップの内容次第になってくる気がします。

上記では、為替ヘッジと勝手に仮定しましたが、実態は投機目的でやっていたかもしれませんし、具体的にどんな条件で契約していたかはわかっていないですからね。

もし、これが、為替ヘッジ目的という説明が方便にすぎず、ヘッジ目的と認定できないくらいリスクを取った投機取引であれば、検察の言うように、こそこそ誤魔化して取締役会決議を詐取して、リスクある取引出かつ実際に18億の含み損が発生しているデリバティブ契約を会社に付け替えたことになるでしょうね。

もちろん、その時点で損害が発生したと言えるかどうかは微妙ですが。

終わりに

ゴーン氏の特別背任容疑に関して、検察とゴーンさんが真っ向から対立しているようなので対立点を整理してみました。

かなり微妙な案件のような気がしますね。

現状は五分五分のような気がします。

専門家のとことんテクニカルな解説を読んでみたいです。

なお、上の文章は色んなネット記事を参考に書いているので嘘があったらすみません。

また、最初のデリバティブの説明に関しては、かなり簡略化していて、特にOTCデリバを暗黙の前提にしているので、上場デリバが出てくると、キャッシュかデリバかという二分法が怪しくなるのは最後に書いておきます(まあ、名前はデリバでも精算が差額なだけで商品としてはキャッシュに含めて問題ない気もするけど)。