ゴーン会長逮捕その3:役員報酬の過少記載


今回めずらしく陰謀論じゃない話。

目次

はじめに

日産のゴーン会長が逮捕されてから一週間ほど経ち、だいぶ情報が出てきました。

やはり、一番整理して詳報しているのは朝日新聞ですかね。

退任後の報酬50億円隠蔽か 日産、ゴーン容疑者と契約
虚偽記載、総額80億円か ゴーン前会長の再逮捕も視野

今回は、最近の朝日新聞で明らかにされている以下の3つの疑惑のうち、

1.役員報酬の過少記載
2.会社資産の私的流用
3.株価連動報酬の不記載

一番わかりやすい、1番目の役員報酬の過少記載について説明します。

この話は分かりやすいし、個人的に検察の主張が通ると思う。

報道では、有価証券報告書に役員報酬は約50億円と記載されていたが、もう50億円不足していたと言われていて、数字が整いすぎてないかと感じた人がいるかもしれませんが、その理由が分かります。

勝手に推測を広げていますし、専門家じゃないので間違いがあったら許してください。

所有と経営の分離

私は大前提から話すのが好きなので、今回も会社の本質から話します。

わが国には「会社法」なんていう法律がありますが、そんな法律を作ってまで会社という仕組みを整理・保護している理由は何でしょうか。

それはもちろん、会社という仕組みが、国民経済の発展につながるからですが、具体的にはどのようにしてか。

それは、会社という仕組みが、お金はあるけどアイデアが無い人と、アイデアはあるけどお金がない人を結び付けて、アイデアがある人が資金を得てそのアイデアを実現できるようにするからです。

そのため、株式会社では、株主というのはお金を出しても、基本的に経営に口を出しません。

株主は、株主総会で、取締役と言われる経営のプロとそれを監督する監査役を選任し、その人達に経営は任せます。

あとは、年1回の株主総会で、取締役を解任したり新しい人を連れてきたりして、人事的かつ事後的な監督はしますが、基本は取締役に任せっきりです。

役員報酬の決定

しかし、株主総会で取締役を選任したら、後は取締役に任せっきりでいいのかというと、そうはいかない場面があり、そういう場合のルールが会社法という法律に規定されています。

その筆頭が役員報酬の決定方法。

役員報酬を取締役が、会社業務の範囲内の事項として自分達自身で決定できるとすると、いわゆる「お手盛り」の恐れがありますから、会社法では、取締役の報酬は株主総会で決定すると決められています(定款で決めてもいいのですが、定款に報酬金額載せている会社はたぶんないと思う)。

とは言え、誰にいくらと個別的に決めるのは稀で、役員自身によるお手盛りさえ防げれば良いわけなので、総額というか上限的な枠を決めて、その配分は取締役会に一任するのが通常です。

ここまでがイントロ

日産の役員報酬

2008年、日産の役員報酬については総額で約30億円と決められました。

そして、その年の有価証券報告書に記載された役員報酬総額は25億円でした。

しかし、この当時は、役員別の開示規定がなかったので内訳は不明でした。

そして、2009年に法改正があり、上場企業の場合、1億円以上報酬をもらった人は個別的に開示されることになりました。

そうしたら、それ以降日産の役員報酬は2008年の25億円から10億円減って綺麗に毎年約15億円になりました。

開示されているゴーン会長の報酬は約10億円。

実はここが肝です。

ゴーン会長はもともと20億円もらっていたのですが、報酬1億円以上の役員の個別開示が始まると、日本の上場企業では断トツの高報酬となりますから、世論から叩かれるのを恐れて、当初の20億円から10億円減らして、10億円にしたと言われています。

しかしもちろん、「それじゃ仕方ないね」なんて言ってすんなり10億円減俸を飲むなんてことはしません。

ゴーン会長は自分の報酬は20億円が適正と信じていますから(外国人経営者としては自分の報酬を明確に要求するのが当たり前なので)、差額の10億円をどうするかが問題になったわけです。

そこで、片腕のケリー氏に指示して、退職金やら退任後の顧問契約やらを利用して、退職後に、毎年10億円×勤務年数の相当額を別の名目で払う仕組みを作ったというのが今回の話の筋です。

なお、ケリー氏以外の取締役がこの話を知らなかったとは思えませんが、現状では、関与の程度は不明です。

実質的な役員報酬

今回の検察の動きを理解する上では、実体を理解することが重要です。

検察が描いているのは、もともと20億円もらっていたのに、個別開示が始まったと同時に世論の反発を避けるために10億円に減らして、別名目で10億円払うことにしたというストーリーです。

したがって、「名目が何であれ実質的に役員報酬は20億円のままで何も変わってないじゃないか、だったら従前どおり毎年20億円と開示すべき」というのが検察の主張です。

ネットを見ているとここら辺が混乱しているコメントも散見されるので要注意です。

そこを捕捉します。

総論的には、減らした10億円分をどの名目で払うかなんて関係ない話です。

もちろん、さすがに毎年実際に渡す現金を20億円のまま維持するわけにはいかないので、差額の10億円/年×勤続年数の相当額は、退職後に、顧問としての顧問料や退職慰労金など、様々な名目で支払われることになるんだと思います。

そういった実質的な20億円の報酬を維持する仕組みをゴーン会長がケリー氏に指示して作らせたということでしょう。

しかし、そこで具体的な仕組みに注目して、

退職後の顧問料は、退職後の役務提供の対価であり役員報酬ではないから、有価証券報告書に記載する必要はないとか、

有価証券報告書には確定した分の報酬を記載するのがルールですが(支払時期は関係なく、支払うことが確定したときに記載)、退職慰労金は株主総会決議事項でありその決議をもって確定するから、総会決議がなされてない以上、有価証券報告書に記載する必要はないとか、

他にも、引当金がどうとか、税務上の損金算入がどうとか、専門用語を並べ立てている人たちがいますが、少し論点がずれているような気が。

検察は、「残りの10億円をどんな名目にして何時払うことにしても、全体を通して実体をみれば、従来からの20億円の報酬を実質的に維持するためのからくりの一環であり、役員報酬は20億円のまま何も変わっていないじゃないか」と主張しているわけです。

あたかも役員報酬が10億円であるかのように装いながらも、実質的に20億円の報酬を維持するために、形式上は役員報酬にはならない形で追加の10億円払う仕組みを作ったわけだから、その形式に注目して、有価証券報告書に記載する必要がないというのは、論点がずれています。

退職後の顧問契約なり役員退職慰労金なり、個別的に検討して記載する必要がないなんていうのは当然です。

記載する必要がないからその仕組みを採用したわけです。

しかし、「全体像を実質的に見たら20億円の報酬を維持するための小細工を弄しているだけで08年以降なにも変わってないだろ」と検察は主張しているわけです。

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検察の主張は全体像ありきの実体論ですから、「実質的にみれば」なんていうあいまいな理屈で有罪にもっていくことが認められるかという点はさておき、各論部分の形式論で検察の主張に疑問を投げかけるのはちょっと違うような気がします。

利益相反取引

ここは、どんな裏工作していたか具体的な情報が無いし、他の取締役達の関与の分からないので、何とも言えないのですが、勘違い上等で書いてみます。

最初の方で、株主は取締役に経営を任せるんだけど、役員報酬は役員自身に決めさせるわけにはいかないから、会社法が、役員報酬については株主総会で決めなさいと規定していると言いました。

これと同様に取締役の暴走を防止する会社法の規定に利益相反取引の制限があります。

これは、会社の社長が、会社の代表者として自分自身と取引するようなことを原則禁止する決まりです。

つまり、会社の社長が、会社保有の土地を1円で個人としての自分に売る売買契約書をパソコンで作り、一人で、「譲渡人A会社」のところに「A会社代表取締役山田太郎」の実印を押し、「譲受人山田太郎」のところに個人印を押すような、一人で二役やってしまう契約です。

当然、原則論的には契約は成立してしまうことになってしまいます。

しかし、こういう役員・会社間の取引は、役員は簡単に出来てしまうので、取締役会で承認しない限り、契約書に実印押したところで無効とされています(もちろん、上記の土地売買で社長個人がそのまま善意の第三者に転売して登記移転してしまったりすると話はややこしくなりますが)。

今回のゴーン会長やケリー氏が結んだ日産との契約書(具体的な中身は不明ですが)も、「役員」と「会社」との契約ですから、一人二役的な契約の典型であり、利益相反取引に該当します。

ということは、取締役会決議を経たのか。

ここら辺が全然わかっていない。

もちろん、取締役会決議を経ていたら、他の役員も完全にクロということになります。

では取締役会決議を経ていなかったら無効なのか。

この契約は会社法に照らして無効なんだから、絵に描いた餅みたいなもので、報酬として記載する必要がないと言っていいのでしょうか。

検察「お前ら、実質的に20億円の報酬を維持しているのに、変な細工して報酬10億円みたいな建て付けにして、有価証券報告書にも10億円としか記載してないだろ」

ゴーン&ケリー「いや、あの契約は会社法に照らして無効なので、有価証券報告書に記載する必要はありません」

こんな主張を裁判所が飲むわけないと思うんですけどね。

もちろん、契約が有効か無効かなんて裁判はいくらでもあるんでしょうが、自分自身が結んだ契約を、都合が悪くなったらこれは無効ですなんて主張が許されるわけないと思いますけどね。

そして、今回の事件は民事事件じゃないので、契約が有効かどうかなんて大して重要ではないのでは。

もし民事上無効な契約だったとしても、

検察としては、「確かに、民事上は無効な契約かもしれない、でもゴーンさんとケリーさん、自分からこんな変な細工したあなた自身は無効であるなんて主張できないし、こんな違法な利益相反取引を隠れてしておきながら、虚偽記載の故意はなかったなんて主張する気ではないよね」と言ってるんじゃないだろうか。

後は裏側でどこまで実効的な仕組みを作っていたか次第(ここは不明)。

法律論的にすごいややこしそうですが、個人的には検察の主張が一理ある気がする。

まあ偉そうに言っていますが、この利益相反取引絡みの論点はよくわからん。

結局陰謀論

今回の記事では陰謀論はやめようかと思っていましたが、ちょっとあるので書いてみます。

全然話が変わりますが、企業の中国進出はトラブルがつきものという話を聞いたことがある人は多いかもしれません。

具体的に何があるのか。

一番怖いのは賄賂。

中国にでかい工場とかを建てようとしたりすると、役人が出てきて賄賂を要求し、お金を渡さないと認可だったりが何にも降りなくて、計画が前に進まなかったりします。

そして、役人に賄賂を渡したりあれこれ手回しすることで初めて計画が進み、無事工場の稼働が始まったとします。

しかし、その後中国政府が、この地方にもう一個工場を作ってくれとか、この工場を地元企業に激安で売ってくれとか、無茶苦茶な要求をしてきたりします。

それを拒否すると何が起きるのか。

突然、最初に賄賂を要求してきた役人が収賄罪で逮捕されて懲役刑になったりするわけです。

次はお前だよというメッセージです。

これは、旧ソ連をはじめとした共産圏国家のお家芸ですが、このように、人を言いなりにしたいときは、悪いことをさせて、言うこと聞かないとばらしちゃうよと脅すのが古典的ですが一番有効です。

お金が集まるベンチャー企業の経営者界隈には、美人局とか女衒なんてたくさんいます。

相手が国会議員などになるとかなり巧妙らしく、今も某女性大臣が大変なことになっていますが、将来大臣になることが確実視される有望な若手が当選したりすると、反社会的勢力の方々は10年20年計画で仕込むと聞いたことがあります。

そう考えていくと、ゴーン会長の手腕は疑うところがないとはいえ、日産は重要な企業ですし、ゴーン会長は外国人ですから、最終的にどう転ぶかわからないと考える人もいます。

2009年に役員報酬の個別開示が始まるときに、「20億円のまま開示したら世論に叩かれますよ、10億円くらいに下げておいて、差額の10億円は別ルートでねん出すればいいじゃないですか」なんて耳打ちした人がいるかもしれませんね。

おわりに

朝日新聞で出ている記事をベースに役員報酬の過少記載という容疑について語ってみました。

ポイントは、検察が「実体的に見て20億円の報酬を維持したまんまじゃないか」と主張している点かと思います(これは私の意見ですけど)。

これに関して、裏ルートの個別的な仕組みを吟味して、報酬として記載する必要があるかないかを議論するのは、ちょっと違う気がします。

私は、この10億円の過少記載については、報道が事実だとすれば、実体としてはゴーン会長の報酬は20億円のままなんだから、20億円と書かなくてはいけなかったという理屈には賛同します。

こんなの許したら、個別開示を決めた法律改正の意味がないと言えます。

とは言え、専門家の方々が各論にこだわるのもわかります。

あの手この手で規制を回避するのが実務ですし、なにより「実体的に見て」なんていう判断基準が出てきたら、実務は大混乱ですからね。

当局から、この件だけで通用するような判断基準を持ってこられても困るわけで、他の事例との具体的な線引きこそが重要とも言えます。

実質論を持ち出すとは言え、最終的には、例えば「実質的な報酬と認定するための4要件」みたいな形式論が出てこないと実務は回らなくなります。

それは理解しつつも、今回の件は、検察に分があるような気がする。

タイミングと金額が、個別的な報酬開示規定の潜脱、まさに虚偽記載としか言いようがないでしょう。

どうなることやら。