東芝の話をしようと思ったら「のれん」は避けられません。
目次
はじめに
東芝問題の全貌が分かってきましたね。ここら辺は、真っ当なマスコミ、特に日経ビジネスの小笠原啓氏の調査能力には素直に敬服。どの記事も面白く読ませていただいています。
これが本当なんでしょうね。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/070600052/031000009/?rt=nocnt
こういう素晴らしい一次情報の提供者がWELQを批判するなら私も反対しません。
もっとも、この問題に興味を持って探っていくと、会計上の「のれん」の話は避けて通れない気がします。
「のれん」がわからないと、この問題の難しさをスルーしてしまうかもしれません。
東芝問題について経営者が馬鹿だったというのは、結果論からすればその通りですし、プロセスを追っても否定できません。
しかし、経理財務に強い経営陣が泥沼にはまっていくのもわからないではありません。
後は、相も変わらずの監査法人の無能ぶり。涙が止まりません。
そこら辺を説明したいのですが、どうしても、「のれん」の話は避けられないので、まずこの記事で「のれん」の解説をします。
簿記3級程度の知識が前提のテクニカルな解説です。
「のれん」とは
のれんとは、ラーメン屋さんなどの暖簾分けの暖簾で、ブランド力といった意味です。
蕎麦屋でも、有名店の看板・名前で営業するかどうかは、店構えや味が同じでも、収益には大きく影響しますから、実体的な意味がないわけではないです。
しかし、会計学上の概念として捉えて真正面から説明した方が、回り道のようでかえって理解が進むと思うので、テクニカルですが、真正面から説明します。
ブランド企業の価値
ルイヴィトンという企業で考えてみます。もちろん、のれんを理解してもらうために登場してもらうだけですから、本当のところルイヴィトンの決算書や実態がどうなっているかは知りません。適当に想像で説明します。
ルイヴィトンという会社の資産には何があるでしょうか。
おそらく、本社・店舗・工場の3つしかないでしょう。面倒なので不動産は賃貸にします。
そして、本社と店舗には、資産と言えるものはオフィス家具とMacのパソコンくらいでしょう。工場にも、机とミシンくらいしかないと思います。
中古家具・中古ミシン・中古PC、いずれも中古市場での価値は簡単に見積もることは出来ます。
では、ルイヴィトンという企業の価値は、それら中古機械備品の合計額なのでしょうか?
そんなわけはありません。本社や店舗のオフィス家具と工場の中古ミシンの合計金額を払うから会社を売ってくれと株主に提案しても門前払いでしょう。
デザインに価格相応の価値があるという本質論はさておき、下衆な言い方ですが、単なる革の財布でも、その工場で作られ、ルイヴィトンのマークをプリントするだけで、価値は何倍にも跳ね上がるわけです。
ルイヴィトンという会社には、単に会社の保有する、目に見える資産の合計金額以上の価値があり、その差が「のれん」です。
こうして、ルイヴィトンの企業価値は、ルイヴィトンの保有資産合計の価値よりも跳ね上がることになります。
ルイヴィトンの革の財布の値段が、原材料費の皮革の合計よりもはるかに高いことと同じ関係かもしれません。
単なる革の財布に、びっくりするような価値を付加する、ルイヴィトンという目に見えないパワーがあるわけです。
もう少し細かく見ていきます。
「のれん」の計上
帳簿価格100億円の会社を600億円で買収したとします。
仕訳の勘定科目は簡単で、会社資産と現金の交換ですから、下記のようになります。
(借方)資産
(貸方)現金
そして、貸方の現金は実際に出ていった金額以外帳簿に記録しようがありませんから600億円です。では、借方の資産はどうすればよいでしょうか。
ここがポイントで、簿価、つまりオフィス家具や工場の備品の価値は100億円しかないわけですから、そこは100億円とするしかありません。
ルイヴィトンの工場で使われているからと言って、蛇の目のミシンの価値が上がるわけではありません。
そこで、貸借を合わせるために、借方にのれん500億円という行が追加されます。
仕訳は下記のようになります。
(借方)資産100億円
(借方)のれん500億円
(貸方)現金600億円
のれんの金額は買収金額と簿価の差額で出します。
こうして「のれん」が登場します。
「のれん」の償却
この例の場合、帳簿価額(決算書上の純資産)が100億円の会社を600億円で買うわけですから、株主総会は大もめ必至です。
清算して中古屋に売却したら100億円にしかならない会社に、なぜ600億円も払うんだという説明責任が経営陣に発生します。
そこで、社長とかCEOとかが、買収先企業の決算書や事業計画をみせて説得するわけです。
この会社は、今の帳簿価額は100億円だけど、今後5年以上にわたって毎年100億円以上の利益を生み出すから、600億円払う価値があるのだと。きれいなプレゼン資料で株主を説得するわけです。
さて、株主総会での説得も成功し、株主の承認がもらえ、無事買収。
それから1年後の株主総会での決算報告。
社長が、「今期は頑張りました。グループ全体で120億円も利益を出しました。なのでたくさん役員報酬をください」と言いました。
皆さんが株主だったらどう思うでしょうか。
「おいおいちょっと待て」となるのが正しいです。「買収先が100億円利益出すのは既定路線で、そういう会社をその利益を織り込んだ価格で買収したんだから、あんたの手柄は20億円でしょ」と。
もし、グループ全体の最終利益が90億円だったら、数字上は黒字でも、社長は事実上、10億円の赤字を出したのと同じですから、問責されるべきです。
本社利益 20億
買収先利益 100億
全社利益 120億
これで、頑張って120億の利益を出しましたとか、増収増益を達成しましたと言われてもおかしな話です。
そこで、実際には、5年間毎年100億円の利益を出すから500億円余分に払ったと説明した場合、のれんの500億円は、5年間で毎年100億円ずつ償却され、最終利益から引かれるわけです。
本社利益 20億
買収先利益 100億
のれん償却 △100億
全社利益 20億
実際の損益計算書はこうなります。
もちろん、買収先が当初予定を上回る100億円以上の利益を計上すれば、それは本社経営陣の手柄です。
結論としては、固定資産の減価償却と全く同じです。
会社が100万円で備品を購入するのは、事業にその資産を利用することで100万円以上の収益を稼ぐ予定があるからで、収益から減価償却費を引いた利益こそが社長の手柄としての利益なわけです。
同じように、毎年100億円の利益を上げる会社を、それを織り込んだ金額で買収したのであれば、償却費100億円を上回る収益を買収後に計上してこそ社長の手柄になるわけです。
高く買った以上は、それ以上の収益をあげて初めて利益を計上するというのがのれん償却の趣旨です。
株式交換という魔法
M&Aの世界には株式交換という魔法の道具があります。
企業買収の場合、株式公開買い付けのように、買収先企業の株主から現金と引き換えに株式を譲り受けるのが、一番シンプルな方法です。
しかし、大量の現金が必要なので結構大変です。
そこで登場するのが株式交換で、買収先株式を既存株主から譲ってもらう対価として、現金ではなく自社株式をプリンターで印刷して渡します(もちろん今は電子化されていますが)。
そうすると、相手方が応じてくれる前提ですが、事実上のコストは無しで企業買収が出来ます。
これが、アメリカのM&Aを支えるのですが、後にこの会計処理を巡って大もめします。
株式交換の会計処理
現金買収の場合、借方は買収先の会社資産で、貸方は現金です。そして、差額がのれんです。
しかし、株式交換の時には、(借方)が買収先の会社資産で同じなのですが、(貸方)は株の発行なので資本金になります(会社を現物出資するのと同じ)。
問題は、
(借方)資産xxx
(貸方)資本金xxx
という仕訳の金額部分です。
ここで、上場企業の場合など、株はいつでも市場で売れますから、株券と現金紙幣の差なんてほとんどないわけで、勘定科目が現金から資本金に代わるだけで、金額は、株価×発行株式数で計算するのが基本です。
実際の買収金額の調整でも、買収金額600億円というのがまずあって、それを株式で払うだけなので(プリンターから湧いて出てきますが)、株価が600円だったら、1億枚の株式を発行して相手に渡すだけです。
つまり、仕訳は、
(借方)資産100億円
(借方)のれん500億円
(貸方)資本金600億円
といいうように、現金買収と全く同じになります。
この仕訳を取得法と言います。株式交換だろうが何だろうが、企業を資産を購入するかのように取得したのだから、現金買収と同じ処理をするという意味で取得法です。
持分プーリング法という正論
しかし、会計理論上はもう一つの考え方があります。
これまで説明したように、資産100億円の会社を、今後5年間にわたって100億円の利益を出す「金のなる木」なんだと言って500億円余分の600億円で買った場合、次期以降、ビジネス全体から120億円の利益を出したとしても、100億円引いて20億円の最終利益を計上する方法が、グループ全体の社長の手柄評価を考えた場合は妥当です。
しかし、株券を印刷しただけで、のれんとかいう資産が500億円計上されて、自己資本が500億円増えることの是非はどうなんでしょうか。
資産処理する根拠は、今後5年以上にわたって100億円の利益を計上するということなのですが、そんなの買収する側の予定にすぎません。単に将来の予定に過ぎない、しかも経営者の勝手な見積もりに基づいて、株券印刷しただけで、資産が何で増えるんだという批判が根強く存在します。
現金買収では、実際に現金が出ていっているので、支払った金額を資産の帳簿価額とするのは、まあ、許容範囲なのですが、株式交換だと、まさに打ち出の小づちのように資産を増やせます。
現実に目を向けると、株式交換が起きたところで、買収された企業は、親会社が変わっただけで今までと何も変わらず営業しているわけです。
にもかかわらず、取得法によると、買収日にいきなり、のれんという資産がドカンとBSに計上されて、自己資本もその分増えます。
株式交換じゃないですが、三菱東京UFJ銀行の合併で考えると、合併日に、三菱銀行のBSに、UFJ銀行と東京銀行の現物資産だけでなく、経営計画に基づく将来見積もり利益がいきなり「のれん」という勘定科目で資産計上され、グループ全体の自己資本が3社合計よりその分増えるイメージです。
特に、三菱東京UFJ銀行のような場合、名前が一つになっただけで、事実上3つの銀行が存続していて、内部で派閥争いしたり、通りを挟んだ目の前に別の支店があったり、看板が変わっただけで、合併しようが何だろうが、合併前後でいったい何が変わったのか、これまで通りの3つの決算書を合計した決算書を作るべきなのではないか、といった議論が根強くあります。
ここはいろいろな議論があるのですが、トヨタが海外で地場の自動車販売チェーンを買収したときのように、巨大企業のトヨタが、中小企業を固定資産を買う感覚で買取した場合にはのれんを計上しても良いのですが、日産とルノーの統合のように、二つの自動車会社が一つのグループになっただけで、なんでグループの資産が増えるんだっけというときには、のれんとかいう、将来利益を見積もりだけで資産計上するのはやめようという考えが主流になります。
そこで、のれんを計上しない仕訳をする方法がありました。
この場合、
(借方)資産xxx
(貸方)資本金xxx
という仕訳において、資産の方から金額を埋めます。
買収された企業の帳簿価額は100億円ですから、
(借方)資産100億円
(貸方)資本金100億円
とします。
M&Aが起きようが何だろうが、当事者会社のビジネスの実態には何も特別な変化は起きていないという考えです。
単に、既存の二つの決算書を合計するだけの処理とも言えます。ビジネスや従業員に何の変化も起きてないのに、資産が単純合算以上に増えるという事態を避けるわけです。
これを持分プーリング法と言います。
ITバブル
2000年ごろのアメリカのITバブルでは、ITベンチャーのM&Aが爆発的に増えます。
株式交換という、新たな株券を刷って渡すだけで、この企業は今後これだけ利益を生み出す金の卵なんだという、将来の予定利益だけを根拠とする、のれんとかいうおかしな資産を計上するのはいかがなものかという学者の心配とは、真逆に事態は動きます。
何が起きるかというと、みんなのれんの償却費用の負担が嫌だから、あれこれ理由を付けて、うちのM&Aは、M&A後も何の実態も変わらないパターンですという理由の下、持分プーリング法を乱発し、のれんがほとんど計上されないという問題が起きます。
IT企業というだけで将来性から破格の評価額が付いた時代ですから、経営者側は資産の水増しには興味がなく、それよりもできる限り増収増益を伴う成長を見せるべく将来の費用負担を避けようとする方向に動きます。
なんでもかんでも持分ポーリング法で処理するようになります。
そこで、当時SEC(証券取引委員会)委員長だったアーサー・レビットという人が、持分プーリング法を潰しにかかります。
理論上、持分プーリング法が妥当な場面があることなんて百も承知です。
しかし、移民大国で、真実なんかよりもフェアネス(公平性)を信条とするアメリカの規制当局は、複数ルール用意しておいてそのうちの一つを適用するといった、恣意性の介入する余地のある、選択適用の考えをとにかく嫌います。
現実に、のれんの償却費用を避ける抜け道として、持分プーリング方が実態とは関係なく乱発されているわけです(このころから監査法人というのは何もしていない)。
そこで、ルールを取得法に統一する方向で動きます。
世の中が複雑なのは重々承知しつつも、全員同じルールを適用するのこそ正義という考えです。
しかし、企業献金大国アメリカですから、当時バブルのIT企業から多額の献金を受けた議員や委員や学者が、アーサー・レビットの前に立ちはだかり、さらには当初協力を申し出ていた正義感溢れる有力者たちも続々と裏切っていきます。
しかし、さすがはSEC委員長。立場をフルに利用し、脅しを駆使した猛烈なロビー合戦の末、最終的に持分プーリング法の廃止に追い込みます。
そして、なんとか会議で、基準が修正されて持分プーリング方が廃止されます。
アーサー・レビットは万感の思いで決議を見守るのですが、自分の議案にかかりっきりで全くマークしていなかった、次の議案を見てびっくりします。
次の議案は、「のれんの償却を廃止する件」というものだったのです。
形勢不利で持分プーリング方が廃止されて取得法に一本化され、今後はのれんの計上が避けられないと知ったIT企業大連合が、お抱えの学者を焚きつけて、のれんは計上するけど償却はしないという会計処理の理論武装を固めて持ち込み、しかも押し通します。
理由は、企業のブランド力は永続的であり、定期的に償却するのはおかしい、問題が起きてブランド価値が落ちた時に落ちた分だけ減損処理をすればよいという主張です。
のれんの計上を認める代わりに償却はしないという滅茶苦茶な理論を押し通します。
こうして、のれんを計上するけど償却しないというおかしな会計処理が米国基準で採用されることになります。
この本は面白いです。アメリカは本当に何でもありですごいです。
やっと東芝
東芝は2006年に約6,000億円でWH(ウェスティングハウス)を買収しました。そして、3,500億円ののれんを計上しています。
米国基準の場合、上述のように定期的に償却する必要はないのですが、しかし、減損対象ですから、買収当初の経営計画と実績がずれると、この3,500億円の資産は根拠がなくなったということになり、減損処理が必要になります。
のれんが時限爆弾と言われる理由です。
当初、粉飾会計問題で揺れた東芝の経営陣が最後まで死守したのがこの3500億円ののれんです。
とにかく、のれんの減損で3500億円の損失がいきなり出てくるのを避けることに経営陣は注力していました。
前の粉飾決算の問題も全てはWH買収失敗の責任隠しだったともいわれています。
したがって、WHがアメリカで受注した原発工事が遅れ、発注者の電力会社がWHを訴えた時に、ビビったのが東芝の経営陣で、なんとしても、WHの事業計画の修正が必要になる事態だけは避けなくてはいけませんでした。
そして、和解の条件として、とんでもない契約書に調印してしまいます。
訴訟を取り下げる条件として、工事の遅延から生じる追加費用をすべてWHが負担するという条項があったのです(ちょっと端折っているけど)。
原発事業に暗い経営陣は知りませんでした、まさか追加コストが7000億円以上かかるとは。
原発事業で海外進出を図る上で東芝が欲しくてたまらなかったWHの新型原子炉AP1000。
配管が高密度に入りくんだ省スペース高出力の美しい原子炉設計図。
1979年のスリーマイル島の事故以来、アメリカで原発建設が行われていないとはいえ、まさか、設計者がCADで設計図を書いているだけで、溶接の順番などをシミュレーションできる熟練工事監督者のレビューを受けていないとは思ってもみなかったのです。
次の配管の溶接作業スペースが無かったり、溶接したら隣の電線焼き切ったり、現場が詰んでるらしいです。
そういう意味でこれは粉飾ではないです。
本当に知らなかったのですから。