Kindle Oasisのマーケティング論


先日、AmazonからKindle端末の最新版として、Kindle Oasisが発表されました。

はじめに

私をはじめとするアマゾン信者の多くは、アマゾンが発表するハードには興味津々で、新製品が発表されるらしいという情報が出た瞬間から楽しみにしています。しかし、今回発表されたKindle Oasisというのがなかなか曲者で、私を含め多くの人がこれは無いわとがっかりしている様子です。

多くのアマゾン好きブロガーが発表されたスペックをもとに記事を書いていますが、いずれも、絶対に買わないとかどう考えても買う理由がないとか、記事の結びとして、一体アマゾンは何を考えているのかといった、強いトーンで製品に疑問を呈するものばかりです。

しかし、あのアマゾンが血迷うはずもなく、Kindle Oasisが売れると思って発表したわけでもないでしょう。当然このリアクションは想定内のはずです。

もし経験豊富なプロが間違ったことをしていると思ったときには、自分が間違えていると思ったほうが良い。

これは、科学嫌いの私が大好きな言葉です。

そこで、他の多くの方と同じような感想を持った私が、他の多くの方と同じように、スペックの検討をしつつ、なぜ新製品にがっかりしたかを記事にしても金太郎飴が一つ増えるだけで意味がないと思うので、マーケティングどころか営業すら一度もしたことのない私が、なぜ、アマゾンがこのタイミングでKindle Oasisを出したかを考えてみます。

現在の状況

まず、Kindleの新製品を出そうかどうかと検討する時、Kindleを取り巻く状況を分析することは必須です。

そして、具体的にどうなっているかというと、2015年に出たKindle Paperwhite(Kindle PW)が大好評で、売れ行き好調の一言に尽きます。

プライム会員なら1万円程度で買えて、しかもこれといった欠点のない端末で、旧モデルからの買い替え組と初めて手にした人達双方からとても評価が高い。コストパフォーマンスでなく、純粋にパフォーマンスのみでみても、すばらしい端末です。

話はそれますが、紙で十分的な電子書籍否定派の人たちは、英語がネイティブレベルか洋書を全く読まない人たちだと思います。英語を勉強したい人とか、部分読みでもいいから挑戦したい洋書がある人にとっては、紙の方が良いなんて言葉は口が裂けても出ないでしょう。単語を押すとその意味がすぐ出てくる辞書機能は、私を含め英語が苦手な人には革命的に便利な機能です。

また、スマホで十分という意見もありますが、30分以上続けて読むのであれば、専用端末の方が圧倒的に目に優しいです(ただの感想ですが)。

もっとも、電子書籍のラインナップを考えると魅力的でないというのはその通りです。よく読むジャンル次第ですが、私の個人的感覚的統計に基づくと、欲しいと思った本で電子書籍版があるのは半分以下です。

さて、話を戻すと、じゃあKindle PWに改良点がないのかと言えばそんなことはありません。Kindle PWに十分満足している人でも、即買いに走る可能性のある機能改善が2つあります。

それは、防水と反応速度向上です。

まず、防水機能が欲しいという人は世界中で多く、紙の欠点を克服したいのであれば、電子書籍こそ風呂で読めるようにしてほしいというのは当然の考えでしょう。それこそ、紙の本には絶対できない機能です。防水がないから買わないという層(防水スマホ・タブレットで本を読む層)もいるかと思います。

次に、反応速度の向上です。

例えば、辞書機能が便利とはいえ、英単語を押してから日本語の意味が出てくるまで、2~3秒くらいかかります。これが1秒短縮されるのであれば、私は1万円出します。その他、ページめくり等端末のリアクションがもう少し早くなっても良いかなと思います。

おそらくKindle PWの次のバージョンを出すのなら、少なくとも上記のどちらかは入れてくるでしょう。

しかし、まだ技術的にできていないという可能性もあります。

仮に技術的に可能だとしても、2015年モデルの利用者も買い替えを検討するような魅力ですから、今出すのは良いタイミングではありません。さすがに買って一年だと買い替えを控える人も多いだろうからです。

そうすると、来年あたりに、2017Kindle PWとして、上記機能を追加した上で1万円前後価格を維持して、満を持して出すのがベスト戦略でしょう。

そう考えるとこのタイミングでKindleの新製品なんて出す必要はないのでしょうか。

ターゲット

ここで、新製品を出す必要がないと結論付けられるかと言えばそうではありません。上の検討では、ターゲット層を絞っただけです。

つまり、Kindleのユーザー層は下記の3種類います。

A. Kindleマニア
B. Kindleマニア以外のKindle PWユーザー
C. 今は持ってないが将来買うかもしれない人達

ここで、Kindle販売の大戦略では、概ね満足しているB層に、さらにその満足をさらに向上させるべく機能改善して、それを、買い替えハードルが低くなっているタイミングで出すのが一番重要ですが、それは今ではありません。ですから、今のタイミングで新製品を出すにしても、B層を相手にしても仕方がありません。

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そうすると、現時点でのKindleマーケティング上のメインターゲットはやはりC層で、一人でも多くに人に神端末2015 Kindle PWを買って満足してもらって、B層になってほしいところです。何も知らない人をアマゾンファンにさせるだけの魅力がKindle PWにあるからです。

しかし、発売してから1年近くたっているので、ただの追加キャンペーンでは少し物足りません。2015 Kindle PWの性能や顧客満足度の高さをいくら正面から宣伝しても、2015年モデルという言葉がついてるだけで、新製品が出るまで待とうなんていう買い控えは発生してしまいます。

そこで、やはり話題作りとして、新製品はだそうという結論に達したのだと思います。

本質

じゃあ、何を出すか。

House of Cardsじゃないですが、一歩下がって全体像を考えることが必要です。

何かというと、話題作りをしてC層に既存の神端末kindle PWを買ってもらうべく新製品を出すのですが、その新製品を買うのはC層ではないということです。C層に売りたいのはKindle PWであって、新製品ではありません。

新製品を買う人達、それはA層です。

A層はもともとKindleマニアであり、新しいものが大好きですから、なに出しても買うわけです。

そうするとマーケティング的に一番大事なのは商品の内容ではなく価格です。何だしても買ってくれるわけですから、できる限り高価格に設定するのが大事です。マニア心をくすぐると同時に、忠誠心をそがない程度にギリギリの高価格にするのが重要です。

そこで、白黒でしかも本しか読めないのにipad miniと同じ3万5千円程度という、冷静な人から見ると、アマゾンは一体何考えてるんだ、売れるわけないだろうという価格が決まります。

しかし、Kindleマニアというのは、世界で一番Kindle端末に対する価格感受性の低い人達です。

もちろん、忠誠心をそがないように、たくさんの工夫が見られます。

まず、カバー。

従来は、端末を買った人に、これもお勧めなんていってカバーの宣伝が画面の端に出てくる程度でしたが、ロイヤリティの高い人には最初からセットで売るのが本筋です。そこで、Kindle Oasisでは、高級感あふれる本革カバー(当然合皮とかプラスチック製なんてオプションはない)に予備バッテリーをつけて、端末とセット販売するわけです。

数か月充電不要のバッテリー性能をアピールする時は、当然予備バッテリーカバー装着した前提ですが、これまでにない薄さ、軽さなんて言うときには当然、カバーなんてどこにもないなんていう、ギリギリの宣伝もします。

さらに、左右非対称のデザイン。

人間工学に基づいたエルゴノミクスデザインという言葉は、意識高い系の人にはパンチ力抜群で、左右非対称とか気持ち悪いなんて言ってしまう私のような普通人には想像のつかない魅力があるようです。

まあ、いずれにせよ、自分はディティールにとことんこだわるという人に向けたアピールがたくさんあります。

純マーケティングという観点からA層の購買可能上限を調査して、最初に3万5千円という価格が決まります。その価格は、A層は一体いくらまでなら出せるかという点から統計的に決定されたものであって、根拠を合理的に説明することはできませんから、その価格を積み上げ方式で説得的に裏付ける機能なんてありません。

普通の人ならこんなもの絶対買わないだろうけど、こだわりの強い自分はそれだけのお金を出してもこれが欲しいんだという、合理性を超えたアニマルスピリット(使い方まちがってますが)を刺激する、意識高い機能があるだけです。

それが、Kindle Oasisです。だから、B層の人たちがこぞって、こんなの誰も買うわけないと思うのは当然です。

効果

では、Kindle Oasis発表の効果はどうだったでしょうか。

たぶん意図は達成しているのではないかと思います。

まず、スマホなどの新製品を話題にするブログ等のメディアはどこも話題にしています。しばらくアマゾン端末の話題はありませんでしたが、久しぶりに各メディアで話題になっています。特に、その奇天烈具合に、アマゾン好きのライターはこぞって、熱くその思いを書いています。

もっとも、最初に書いたようにその多くが、製品価値を疑問視するようなネガティブな記事です。しかし、それでは意味がないのではと思うのは早計です。

Kindle Oasisに関しては、詳しい人のネガティブの記事があふれていますが、その多くは、Kindle PWとの比較です。もっというと、「Kindle Oasisは値段を考えるとあり得ない。なぜなら、Kindle PWという神端末があるからだ。」という論調になっています。

つまり、電子書籍にあまり詳しくない人たちに対しては、それらの記事の多くが、Kindle PWという1万円くらいで買える、コスパ的に決定版ともいえる電子書籍端末の宣伝になっています。

アマゾンが変な新製品を出した、こんなのいったい誰が買うんだよという面白そうな記事でありながら、中身を別の視点から見ると、Kindle PWで何が出来て何ができないのか、そしてどういう用途の人たちが高い満足を得ているのかがしっかりとわかる記事になっているわけです。

Kindle Oasisに対するネガティブな記事経由でのKindle PWの売り上げは増えているのではないかと個人的に予想しています。

他に考慮すべき要素はあるとはいえ、これくらいは当たり前に計算ずくでやっているとしたら、マーケティングという世界は奥深いですね。

おわりに

最初にも書きましたが、私は営業系はど素人なので、上記は単なる妄想にすぎません。