VALUとは何か、株式との差を考える


次から次へと良く思いつきますね。

はじめに

最近、一部Youtuber達が起こした騒動でVALUの名をよく聞きます。

VALUのサービスがスタートした時から一部界隈では話題になっていましたが、個人的には、『個人が上場する』というコンセプト自体がしっくりこなかったので、興味を持ちつつもスルーしてました。

しかし、ここ数日の喧騒の中でいろいろ考えてみたので、考えたところのものを書いてみます。

まず、比較対象としての株式を概観し、次に株式との比較をしながらVALUの本質を考え、最後にVALUをめぐる規制について簡単に考えてみたいと思います。

なお、VALUはビットコインでしか取引できませんが、そこに何の論点もないので、円で取引できるかのように以下では書いています。

素人のたわごとなのでお手柔らかに。

比較対象としての株式

法人とは

超迂遠ですが、株式の本質は、株式会社が法人であることに行き着くので、まずは法人とは何かから始めます。

若い人は知らないかもしれませんが、伊丹十三監督の映画に『マルサの女』という、マルサすなわち国税査察部の調査官をテーマにした名作があります。

その映画は、中年夫婦の切り盛りする零細総菜屋を税務調査官がいじめるところからスタートします。

調査官が、帳簿を見ながら、「お宅、売れ残った総菜を自分達で食べてませんか?」と質問すると、店の主人が、「自分で作ったもの自分で食べて何が悪いんだ」と返します。

そこで、調査官は、「でもお宅、法人化してますよね?」と切り返すわけです。

法人とは、人間ではないけど、法律上は人として扱われる存在を意味します。

総菜屋を会社化すなわち法人化していれば、法律上それは店の主人とは別の人として扱われます。

したがって、法人である総菜屋の従業員として主人が作った総菜は法人のものであり、主人個人のものではありませんから、それを食べたなら、総菜屋の主人個人に対する売り上げだから、帳簿上も売上に計上しろ(&その分税金払え)というわけです。

もし八百屋が法人化していた場合、店の主人が店先のバナナを食べると、法律上それは他人の物を無断で食べたことになりますから、理論上その行為は窃盗となります。

これが法人です。

資本金

会社は法人であり、法律上は人として扱われますから、会社の名前で事務所を借りたり、商品を仕入れたり、従業員を雇ったりできます。

しかし、法律上は人として扱われるといっても、それはフィクションでしかなく、会社君なる人はどこにもいません。

したがって、会社君が会社名義で事務所を借りようにも、物理的に不可能です。

そこで、会社には代表取締役という人がいて、その人が会社君の手足として、物件を探したり、不動産屋と交渉したり、契約書に印鑑を押したりします。

しかし、代表取締役があれこれ行動するとしても、最終的な支払の時に自分の財布からお金を出してしまえば、それは、その人個人の活動でしかなく、会社君の行動とは言えません(一時的立替はさておき)。

会社君が、会社名義で物を買ったり、事務所を借りたりする以上は、会社君のお金を支払わなければならず、会社君の財布からお金を出す必要があります。

つまり、会社が法人であるためには、会社君の財布が不可欠なわけです。

したがって、会社という法人を設立するということは、会社君の財布を作ること、すなわち会社名義の銀行口座をつくることから始まります。

そして、最初に会社君の財布に入れたお金を資本金と呼びます。

株式とは

株式とは、会社君の財布にお金を入れるときに会社からもらえるものです。

1人1万で100人が出資すると資本金は100万円となり、株式1個ずつが100人に渡されます。

出資した時点では、会社には100万円の現金しかありませんから、会社の価値は100万円で、株式は100個ありますから、株式1個の価値は1万円です。

そこで、会社が100万円で商品を仕入れ、それを200万円で売ったとします。

すると、会社君の財布にあるのは200万円ということになり、株式1個の価値は2万円になります。

その後順調に会社が成長し、会社の資産が1,000万円ということになれば、株式1個の価値は10万円まで増えたことになります。

以上のように、株式の価値とは会社の価値÷株式数で計算されます。

株式の価値

しかし、現実の株式市場では時々刻々と株価は変動しています。

いったいこれはどうしたことでしょうか。

結論から言うと、株式の価値=ファンダメンタル価値+バブル価値となります。

ファンダメンタル価値というのは、まさに会社の価値÷株式数で計算される、1株当たりの会社の価値です。

しかし、会社の価値というのは、神のみぞ知る数字で、誰も知りません。

ある会社が3億円で工場を新設したとします。

なぜ、3億円もかけて工場を作ったのかと言えば、その工場を利用することで3億円以上の収益を上げられると考えたからです。

しかし、将来のことはわかりません。

3億円の工場で、10億円の収益を生み出すと考える人も入れば、3億5千万円くらいだろうと考える人もいるし、どう考えても投資の失敗で1億円にもならないだろうと考える人もいます。

一つ言えることは、会社の財務諸表の資産には、工場3億円と記載されるのですが、会社の価値を考えるときに、その工場の価値は、将来獲得する収益で決まるのであって、3億円ではないということです。

つまり、会社の価値とは、会社の財務諸表上の純資産の価値ではありません。

したがって、投資家は、会社の財務諸表を見ながら、そこに計上されている資産を使って将来どれくらいの利益を生み出すかを予測し、その会社の価値をあれこれ見積もり計算するわけです。

そして、様々な将来予測をもとに、無数の投資家が売買を繰り広げて、株価が変動するわけです。

ここで、理論家の中では、投資家は、自分の考えるファンダメンタル価値より株価が低ければ将来の値上がりを予想して株を買い、逆であれば将来の値下がりを予想して買わない、その結果、無数の投資家のファンダメンタル価値予想が入り乱れ、いい感じのところに落ち着いたのが市場価格であり、市場で形成された株価こそが、ファンダメンタル価値なんだという、なんだかよくわからないことをいう人たちもいます。

しかし、現実を見ればそんな考えはでたらめに近いものです。

かっちりしたファンダメンタル価値予想に基づき株式の売買をするなんて言うのは、せいぜいウォーレンバフェットの弟子くらいのもので(本人は結構怪しい)、市場参加者のほとんどはイナゴの群れです。

みんなが買い始めると買い始め、みんなが売り始めると自分も売り始める投資家がたくさんいます。

10年に一度のバブルなんて言わずとも、どの銘柄も日々刻々、プチ過大評価バブルとプチ過小評価バブルを繰り返しています。

株式投資に参加する投資家の多くは、この株式の真の価値はこれくらいだなんてものよりも、得するか損するかはさておき、現状の株価を基準として受け入れたうえで行動しているわけで、そういう意味では、みんながこれくらいだと思って取引しているんだから、これくらいなんだろうと考えて行動しているわけです。

したがって、株式の価値というのは、(観測できないものを議論の対象とするのは科学ではないとかいう実証主義はさておき)、神のみぞ知るファンダメンタル価値と、みんなして周りをキョロキョロ見ながらなんとなくで受け入れていることから生じるバブル価値の合計値となります。

コレクターズアイテム

上述のバブル価値の補足をします。

社会で取引されているものの中には、ファンダメンタル価値がほとんどなくて、バブル価値のみからなるものがあります。

典型的なものが紙幣。

あれはただの紙切れで、よくよく考えると1万円札に1万円の利用価値はありません。しかし、みんなであれは1万円の価値があるんだ信じる結果、あの紙に1万円の価値が生まれます。

これは、硬貨も似たようなものですが、硬貨には金属材料としての価値がありますから、10円玉に使われている銅に10円の価値があるかどうかは不明ですが、いずれにせよいくらかのファンダメンタル価値があります。

そういう意味で、硬貨と紙幣は少し違います。

ただ、お金とは何ぞやと考えると、底なし沼にはまりますから、違う例にします。

登場してもらうのは、トレーディングカードなどのコレクター商品です。

コレクター商品には、バブル価値があるのみです。

それを欲しいと思う人が複数いて、俺はいくらまでなら出してもよいという人たちからなる市場があるために価格がつくだけで、その商品を持っていることそれ自体が生み出す価値はありません。

トレーディングカードにファンダメンタル価値、すなわち本質的な価値がないなんていうと、コレクターには失礼極まりないですが、経済の話をする以上、価値=換金性能とせざるを得ず、所有欲求という主観的価値は無視せざるを得ないのでご了承ください。主観的価値の存在や各人の主観を否定しているわけではありません。

例えば、コレクターアイテムとしては、キン肉マンの消しゴム、通称キン消しがあります。

しかし、キン消しは、流行ったころに普通の小学生とかでも大事に保管していたりするせいもあって、流通量はそこそこ多く、マニアの間ではフルにそろえている人も多いです。

そこでキン消しマニアの間ではニセ超人に人気が出ます。

ニセ超人というのは、キン消しが流行ったころに出回ったパチモンで、キン肉マンの本編には一切出てこない超人の消しゴムのことを言います。

キン消しをコンプリートしたコレクターの間では、ニセ超人の収集に手を出す人が登場したりして、非常に高価で取引されたりします。

このニセ超人なんていうのは、典型的なバブル価値のみの商品です。

一部のキン消しマニアの間で、それ面白いな、俺も欲しい、私も欲しいとなって一気に高価な値が付きましたが、高騰する取引価格をみながら、取引参加者たちが一斉に、「いったい俺たちは何をやってるんだ?」と思えば、価値は消えてなくなります。

ニセ超人の消しゴムのファンダメンタル価値はゼロですから、欲しいと思う人がいなくなれば、価値はゼロになります。

株式、法人、ファンダメンタル

ニセ超人は、欲しい人がいなくなった瞬間に価値がゼロになります。

しかし、株は違います。

例えば、今であれば、東芝の株式。

あんなものと言っては失礼ですが、今となっては欲しい人はあまりいないでしょう。

そして、もし上場廃止にでもなれば、買う人を自力で見つけてこなければなりませんから、事実上の紙くずになったと嘆く人もいるかもしれません。

しかし、仮に上場廃止になったとしても、紙くずにはなりません。

理由は、東芝が法人だからです。

東芝は、財務諸表上は債務超過ですが、半導体事業がありますから企業価値はゼロではありません。

つまり、仮に倒産するとしても、倒産というのは法人を消滅させることですから、半導体事業を始め、持っている全資産を売却して、借金を返したりして、残ったお金は、東芝君という法律上の人の財布に入ります。

もちろん、東芝君は、法律上は人ですからそのお金は東芝君自身のものです。

しかし、法人というのはしょせんはフィクションですから、最終的にはそのお金は自然人の誰かに帰属させざるを得ず、それこそが株式を保有する株主なわけです。

つまり、株式というのは、法人という法律上は人だけど実は存在しない人に帰属する財産に対する所有権です。

したがって、株式にはファンダメンタル価値があるということは、周りがそんな株誰もいらねーよとなって、買ってくれる人がいなくなっても、その株式を持っていること自体から生じる換金価値があることを意味します。

もちろん、会社の価値がマイナスになって、資産を全部売り払っても借金の方が多くて、財布に一円ものころないのであればさすがに、価値はゼロですし、ファンダメンタル価値がゼロでない限り買い手も必ずどこかにいるといえるので話は循環しますけどね。

いずれにせよ、株式の価値には、ファンダメンタル価値だけでなく、バブル価値もあるのですが、あくまでメインはファンダメンタル価値に依存します。

小括

以上が、VALUを説明する前提としての株式の特徴でした。

ここまで説明しただけで、なんとなく伝わるかもしれませんが、これから説明するVALUはファンダメンタル価値のない、バブル価値のみからなります。

そして、株式にファンダメンタル価値があるのは、会社が法人化されているからです。

奴隷制の禁止される近代社会では人が人を所有することは禁止ですが、その唯一の例外として、法人は人であるにもかかわらず人に支配され、人にもかかわらず市場で物のように売買されます。

そして法律上の人として財産を所有するけど、所詮はフィクションで、最終的にその財産の帰属は自然人に結び付けるしかありませんから、それを結びつける手段として株式があります。

株式の核心は法人という法技術にあるわけです。

しかし、VALUは違います。

会社のように個人を上場といったところで、現代社会では人が人を所有することは禁止で、個人は投資対象のエンティティ(箱)とはなりえません。

したがって、個人を会社のように上場というコンセプト自体に無理があるといえます。

以下、VALUを見ていきます。

VALUとは何か

VALUの発行プロセス

VALUを売買したければVALUにアカウントを作って売買するだけです。ここに疑問のある人はいないでしょう。

問題は発行する側の手続きです。

VALUを発行したい人は、まず最初にVALUの審査を受ける必要があります。

そして、SNSのフォロワー数などを基準に、発行者の価値が算定されます。

例えば、「あなたの価値は10万円です」となったとします。

次にすることは、最初の発行価額と発行VALU数を決めることです。

そして、価格×VALU数=10万円(もちろん最初の評価額は人によって異なる)となるように、価格とVALU数の組み合わせを自由に決められます(ただし、価格は100円から1,000円の間)。

ここで、1,000円×1,000VAで行くと決めたとします。そうすると、発行可能VALU数は1,000VAです。

(なお、ここで、私は発行可能VALU数としますが、この時点で1,000VA発行されたと呼ぶ説明も多いです。しかし、これだと株との比較で混乱が生じるような気がするので、私の説明では、発行者が購入者に売却した時点を発行と呼んでます。)

この時決めたVALU数は二度と増減することはできません(分割・併合もできない)。

最初の発行価格は必ず1,000円ですが、発行数は最初に決めた発行可能数1,000VA以内で自由に決められます。

例えば10VAを1,000円で発行するとします。

そしたら、すぐに購入されて、しかも市場で取引が始まり、全部で10VAというプレミア感もあって、その日の終値が2,000円になったとします。

すると、次の発行は2,000円でできます(確か前日終値の1.5倍の範囲内で設定可能)。

そして、翌日に追加で10VAを2,000円で発行したところ、やはり需要超過で市場にある20VAの取引価格が高騰し5,000円になりました。

というのを10日連続でやったところ、発行済みVA数は100VAとなり(未発行は900VA)、市場価格は連日上昇し、なんと50,000円になりました。

そこで、11日目に、残りの900VAを50,000円で一気に発行したところ、供給超過に陥り、大幅に値崩れしたというのが、今回の一部Youtuberによる騒動の本質です。

このように、株式と違って、かなり自由に新規発行(売り出しに近い?)できますし、自己VA取得の制限もありません。

VALU保有者の利益

VALU保有者側を見てみます。

VALUを保有することから得られる利益はありません。

VALUを売却することで利益を上げることはできますが、保有そのものから得られる特典は基本的にありません。

発行者が、OFF会に参加などの優待を設定できるのですが、優待の設定は義務ではなく、なくてもよいですし、配当のようなものはありません。

したがって、VALUの価値は、ほかに買いたい人がいるから生じるバブル価値のみです。

Aさん発行のVALUには価値があると思う人がいるから価値が生まれるだけで、みんなが価値がないと考えた途端に価値は消滅して無くなります。

そして、もし発行者がVALUを自主的に退会したり、規約違反で強制退会させられたりするとどうなるかというと、保有VALUが消滅して終わりです。

つまり、退会した発行者のVALUを保有している人が、購入価格の分だけ損して終わりです。

また、発行者が調達資金をどのように使うかは発行者の自由であり、それを飲み会で消費しようが、彼女へのプレゼントに使おうが、何の縛りもありません。

もちろん、発行者は皆ネット上のインフルエンサーたちですから、そんなことをしたら信用がガタ落ちするという点において事実上の縛りはありますが、仕組みとしては、集めた金をどのように浪費してもOKです。

そういう意味で、VALUのファンダメンタル価値(換金性能)は、徹底的にゼロです。

VALUの本質

以上を考えると、VALUというのは、インフルエンサー的な人が、自分のトレーディングカードを作って売りに出すようなものです。

株式と違い、それを持っていると、発行者がビジネスで成功したときになんらかの利益配分にあずかれるということは一切ありません。

せいぜい、OFF会参加などのトレーディングカード保有者向けの特典を享受できるだけです。

その結果、発行者がVAを発行することで得るお金はすべて利益です。出資金のような要素は何一つなく、発行者がポケットに入れて終わりです。

ただ、VALU社の方で、そのトレーディングカードの転売がしやすいような市場のようなシステムが用意されているというだけです。

このトレーディングカードという説明は非常に本質を突いた説明だと思います。

今回の騒動では「売り逃げ」という言葉がメディアで使われていますが、そもそもVALUの発行というのは、売り逃げ以外の何物でもありません。

単に新しいトレーディングカードを発行することで売上代金がそのまま利益になりますが、レア度が下がるため、既存保有者にとっては価値が下落するというだけで、裏付け資産がありませんから価値の希薄化とは全く異なります。

追加発行で起きているのは価値の移転ではなく、バブル価値の実現利益化とバブル価値の消失の同時発生なんだと思います。

裏付け資産がない、すなわち資本取引ではなく利益取引なのに、市場価格×発行済みVALU数で時価総額なんて計算をしているのは本質的にナンセンスで、トレーディングカードが出回っているだけです。

VALUの発行は贈与か

VALUの発行は贈与や寄付に当たるのではないかという議論もありますが、これは違うと思います。

確かにファンダメンタル価値はゼロで、ある意味お金と引き換えに何も得ていませんから、寄付や贈与のような気がします。

しかし、その中身がバブル価値であろうとも、市場で売買が成立している以上、VALUの客観的な価値は存在すると判断せざるを得ず、等価交換です。

確かに、ティッシュ1枚を1億円で購入する契約をして、このティッシュ一枚は私にとってはかけがえのないものなんだ、このティッシュじゃなきゃダメなんだなんて主張しても問答無用で寄付・贈与認定されます。

その理由は、客観的に見て、そのティッシュに1億円の価値はないからです(誰も買う人がいない)。

その点VALUは、売買可能な市場があり、そこで不特定多数の参加者による取引が成立している限りにおいて、ある程度客観的に価値を見積もることが出来ますから、市場価格とかけ離れていない限りにおいて、贈与や寄付にはならないと思います。

まあ、客観的な価値が無ければ自動的に贈与・寄付になるというわけではないですが(形見の品を悪徳質屋から法外な値段で取り戻した場合など)、少なくとも客観的な価値があれば贈与・寄付にはならないと思います。

キャッシュフローから考える

VALUをめぐるキャッシュフローを整理します。

発行者をAとして、発行者から直接買った1次購入者をX、Xからの2次購入者をY、同様に3次購入者をZとします。

まず、Aが1,000円で発行し、Xが購入。
A:+1000円
X:△1000円

XからYが3,000円で購入
A:+1000円
X:+2,000円
Y:△3,000円

ZがYから9,000円で購入
A:+1000円
X:+2,000円
Y:+6,000円
Z:△9,000円

まず、どれだけ転々流通しようとも、発行者が得た金額は最初に発行した金額であり、そこから変わることはありません。つまり、発行済VAがその後いくら高値で取引されようが発行者は直接的な関係はありません。

しかし、既発行分の市場価格が、その後の未発行分の発行の際の調達額を決めますから、基本的に発行は小出しにして、プレミア感を維持しつつ、なるべく高値で発行していくのが重要となります。

そして、流通の途中に登場するのは、一次購入者や二次購入者に残るのは売買損益のみです。この人たちにとって、VALUとは何ぞやなんていうのはほとんど関係ありません。

本質が株に似てようが似てまいが、買った値段より高く売れるか安く売れるかがすべてです。

そして、問題は、過去でも未来でもなく、現在の保有者です。

このZは、Yにお金を渡してVALUを取得しましたが、それを売却しない限りキャッシュフローは永遠にマイナスです。

もちろん、優待によって発行者と直接話す機会に恵まれるかもしれませんし、一緒に写真を撮ってインスタにアップすることはできるかもしれませんが、売却しない限りお金を得ることはできません。

もちろん、優待の価値はひとそれぞれですから、払ったお金以上の満足を得られるかもしれません。

しかし、その一方で、発行者がVALUをやめた場合に、投資が無になって消えるというリスクを負担することになります。

つまり、優待目的の人は、優待の価値に値する金額で買えればそれで終わりなのですが、投機目的の参加者にとっては、きょろきょろ周りを見ながらババ抜きをやっているようなものです。

このように、VALU売買をめぐるキャッシュフローを考えると、非常にリスキーなゲームなのですが、実際には多くの投機目的の参加者がいて、市場でVALUが活発に取引されています。

これはなぜでしょうか。

サブプライムローンの教訓

バブルと言えばサブプライムローン。その教訓は豊富にあるので、ポイントだけおさらいします。

サブプライムローン問題の発端は不動産ローンの証券化です。

不動産ローンというのは、それ自体資産価値があり、転売可能ですが、ローン1件当たりの個性が強いのと金額が大きいので、一般投資家が手を出しにくいものとして、流動性は低いものでした。

しかし、このローンを数多くまとめてそれらを証券化することで、標準化&小口化に成功します。

1件ごとに個性的でリスク豊かな借り手のいる不動産ローンたくさん集めた上で証券化して、ローリスク・ローリターン証券、ミドルリスク・ミドルリターン証券、ハイリスク・ハイリターン証券と、借り手の個性を統計的にならして標準化・小口化するとこで、一般投資家も手を出しやすくなります。

これはVALUも同じで、取引しやすいシステムを用意して取引参加者が増えると、いざというときに換金できる可能性が高まるので、需要は高まり価格は上昇します(流動性プレミアム)。

しかし、そうはいっても、ハイリスク・ハイリターン証券部分は誰も買わないのではないと思われますが、そんなことはありません。

ハイリスクであっても、ハイリターンを期待できるのであれば、あれこれ計算した上で、強固な財政基盤を持つゴールドマンサックスのような投資銀行や、ジョージソロスのようなハイリスク商品専門のヘッジファンドが買うわけです。

そして、ここで面白いことが起きます。

何かというと、市場には、ゴールマンサックスやジョージソロスのような有名人が買った商品を自分も買いたいと思う人がたくさんいるわけです。

リスクが高いとは承知しながらも、まあ、彼らが勝ったのであれば勝つ見込みも強いんだろうと甘いリスク評価で参入します。

そして、ゴールドマンサックスなどから、より高値で譲ってもらって満足するわけです。

そうすると、有名どころから始まって、みんな買ってるらしいとなって、徐々に人気に火が付き始めます。

最終的には、リスク評価はちょっとあれだけど金だけは潤沢にある、Yちょ銀行みたいな投資家が出てきて、市場は活況を呈します。

しかし、みんな買ってるから買うとなって参入してくる連中は、完全に転売目的で、周りを見ながら売買しているだけで、価格が高騰するのは完全にバブルですから、ニセ超人同様に、なんで俺たちこんな価値のないものを高値で取引してるんだっけとなって、いつかははじけます。

そうなればよかったんですが、ここで格付け機関が一役買ってしまうわけです。

彼らが、不動産バブルのせいで、ローンがデフォルトしても、物件を売れば回収できるという特殊な環境に起因する、安定的なキャッシュフロー実績に基づいて、トリプルAなどの格付けを与えてしまうわけです。

その結果何が起きたか。

超高値で、利回り2%しかないけど、まあトリプルAならいい商品だということで、転売目的ではなく、長期保有目的の年金基金とが持つ事態になり、バブル崩壊が先延ばしになりました。

この教訓をVALUに応用してみます。

VALU発行者の戦略

VALUの発行者にとって、VALUは自分のトレーディングカードの発行で、売った分が利益の半面、売った分しか儲かりませんから、いきなり大量発行するのではなく、小出しにして価格を高騰させながら、できる限り高値で追加発行するのが重要です。

そして、VALUにはファンダメンタル価値はありませんから、すでに調達した資金を有効に使うかどうかなんて関係ありません。

VALUにはバブル価値しかありませんから、サブプライムローン証券と同じで、市場参加者が多いほど、流動性が高まり価格は上昇します。

しかし、そうはいってもVALUというのは、ただのトレーディングカードですから、ハイリスク・ノーリターン商品です。

そんな商品の流動性を高めるにはどうしたらよいか。

そう、サブプライムの時の大手投資銀行やヘッジファンドと同じことをすればよいわけです。

おそらく、わかっているVALU発行者の多くは、自身のブログなどで、自分のVALUの宣伝よりも、他のVALUを購入したことを記事にしたりするんじゃないかと思います(もちろん、あの界隈には純粋応援目的の人もたくさんいると思いますけどね)。

VALU発行者の多くはインフルエンサーで、その人のVALUを買う意味が今一つ掴めないファンでも、その人が買ったVALUは欲しくなるかもしれません。

「超面白い人見つけたので速攻で5VAゲットした」など、そうやって、お互いにVALUを買い合うことで、VALU参加者を増やすことが出来ます。

そして、参加者が増えれば増えるほど、VALUの価格は高騰し、自分が追加発行するときに有利になります。

しかし、参加者が増えたことによる価格上昇というのは、結局のところみんなが買ってるから買うという転売目的者が作り出すバブルでしかなく、いずれ崩壊する羽目になりますから、サブプライムローンの時の年金基金のように、最終的に転売目的じゃない保有者の登場が不可欠になってきます。

それは誰か。

優待に満足する人です。

多くの人にはほとんど無価値のように見えるVALUであっても、優待で発行者のOFF会に参加して直接話ができるとかであれば、保有者の主観的な価値が登場します。

つまり、OFF会1回に10万円払っても、そこに10万円以上の満足を見出す人が登場すると、バブル価値が主観的満足という全く異質なものに転化してバブルじゃなくなります。

おそらく、もうそろそろ、VALU発行者による、優待のレビュー記事が量産されてくるんじゃないでしょうか。

「無名のAさんの優待のOFF会に出てきた。超面白かった、他では聞けない話が聞けた。あれなら10万円出した価値があった。」と。

ここら辺は、ファイナンス理論原理主義者の人たちからすると、結局、VALUには優待の価値しかないのだから、遅かれ早かれバブルは崩壊して、優待の価値相当の価格に落ち着くという人もいるかもしれませんが、そうはなりません。

優待の価値は主観的価値で、インフルエンサーは、そこにインフルエンスするのが得意だからです。

心の底から満足するお金持ったカモを見つければいいだけです。

そして本当に満足しているのであれば何の問題もありません。

おそらくこれが一番合理的なVALU発行戦略じゃないだろうか。

小括

VALUというものの本質は、ファンからの投げ銭です。

基本的になんのリターンも約束されていないので、まさに投げ銭です。

しかし、本当に投げ銭だとなかなか集まらないので、金融商品のようにVALUなるものを作り転売可能にすることで、投げ銭しやすくしたというところでしょう。

ここの難しさはよくわかります。

現在、株式市場には、会社のことなんてほとんど調べずに、チャートだけを見ながら短期的な売買を繰り返すトレーダーがたくさんいます。

株式を発行している側から見たときに、そういった短期売買目的の投資家はうれしい存在かと言えばそんな事はなく、その人たちの集団心理に基づく狂騒的な行動によって、本業の業績とは関係ないところで、株価が乱高下しますから、むしろ迷惑な存在です。

会社としては、会社の事業に期待したり、その会社の製品を愛用していたりして、株主総会に真剣に参加しつつ、長期的な視点で株式を保有してくれる株主こそが望ましいです。

しかし、長期視点の安定株主のみをそろえることは不可能です。

なぜかというと、安定株主が安心して安定株主でいられるのは、いざというときには換金できる流動性が不可欠で、それを支えているのは、毎日売ったり買ったりに明け暮れているトレーダーたちだからです。

どちらも必要なわけです。

これを受けての、安定株主を満足させる長期視点の経営と短期株主の満足のための短期的な利益の追求の折り合いは本当にかじ取りが難しいところで、まさに現在の資本市場の難問の一つでしょう(なお、どちらに有用な財務諸表を作るかの争いが日本基準vsIFRSともいえる)。

したがって、VALUだって本当は、ファンが積極的に投げ銭して、個人を支援する仕組みが構築できればベストなのは重々承知でしょう。

しかし、そこを活性化するためには、流動性を高めて投げ銭しやすくすることが絶対に必要で、そのためには、VALUで小銭稼ぎしようと市場にやってくる人たちも不可欠なわけです。

とはいえ、さんざん見てきたように、VALUは株式のような投資証券とは全く異質のものですから、流動性のみに着目して、株式と同類のものであるかのように宣伝したのはいただけません。

VALUと金商法

VALUは金商法対象外

ネットでの報道しか知りませんが、VALUは、弁護士や金融庁と打ち合わせを重ねて、VALUは金融商品取引法の対象たる金融商品ではないというお墨付きをもらっているようです。

それもそのはずで、ファンダメンタル価値がないという点において、金融商品とは全く異質のものですから、その通りでしょう。

しかし、そもそも、金商法の対象ってなんだっけと考えるとなかなか面白い議論が見えてきます。

金商法の適用範囲

金商法の適用対象は、有価証券とデリバティブです。

ここで、VALUはデリバティブではないのは明らかですから、有価証券かどうかという議論といって良いでしょう(まあ、優待というインカムゲインに目もくれないトレーディング目的の参加者にとっては、上場デリバに近いかもしれませんが)。

ここで、金商法の有価証券とは何かという議論が面白い。

有価証券に当てはまるかどうかで金商法が適用になるかどうかが決まります。

しかし、この有価証券の定義を巡って、学説が3つあります。

1.投資証券説
2.仕組性説
3.市場性説

この中でも、現状の実務運用は投資証券説で、中身は、要するに、有価証券とは「株とか債券みたいなやつ」というもの。

当然、これに基づく限り、VALUにはファンダメンタル価値すなわち金を生み出す機能がないので、有価証券には当たりません。

仕組性説と市場性説

この二つはおもしろい。

ただ、残念ながら、現状では資本市場が前提となっているので、どちらの説でもVALUは有価証券には当たりません(なので少し変えます)。

しかし、仕組性説と市場性説の根拠は、まさにVALUのようなものに対応するためにあります(だと思う)。

有価証券の定義を形式的に決めてしまって、「VALUは有価証券じゃないから金商法の対象外ですね」とする見解に対して、「あっさり対象外ですねとか言ってんじゃねーよ、放置するわけにはいかねーだろ」という問題意識に基づくものだと思います。

つまり、この二つは目的論的アプローチをとる考えで、金商法の目的が健全な市場の育成と国民の保護にあるのであれば、「有価証券とは何か」を独立して考えるのではなく、金商法を適用すべきものこそが有価証券であり、金商法の適用が必要な場面にもれなく適用が出来るような包括的な形で有価証券を定義しておけよ、という考え方なんだと思います。

仕組性説によると、有価証券とは、何らかの仕組みの中でリスクをとってリターンを狙いに行く地位のこと。

市場性説によると、有価証券とは、一定の市場性をもって取引されるもの。

このように、あいまいでよくわかりませんが、なんとなく両説では、VALUが金商法の対象になってきそうな感じがします。まあ、骨董品とかトレーディングカードとかまで入ってきてしまうので、どこで線を引くかは超難問ですけど。

下種の勘繰り

ここは完全に妄想です。

ネットの記事を読む限り、VALUサイドでは、金融庁や弁護士と綿密な打ち合わせを重ねて、どうやっても有価証券にはならないように考慮したとのことですが、VALUなんて打ち合わせをするまでもなく金商法の適用外なわけで何をそんなに話すことがあったのかと不思議に思ったのですが、これもしかして、仕組性説や市場性説にも配慮したのじゃないだろうか。

具体的には何かというと、仕組性説に配慮したのが、規約にある、純粋投機目的の参加は認めいないという実効性ゼロの条項。

これがあれば、建前上、参加者は転売リターンを狙って取得するわけではなくなるから、将来金商法や金融庁がこの定義を片手に攻めてきても、逃れるような気がします。

次に、市場性説に配慮したのが、あの変な板表示と成り行き注文できない仕組みでしょう。

あれによって、自分達に市場機能はなく、相対取引の参考情報を表示しているだけだという主張が可能になると判断しているのではないでしょうか。

自分達は、代理商どころか取次商ですらなく、媒介商である(VALU売買希望者のための出会い系サイト運営者)くらいのポジションかもしれません。

いずれにせよ、規制すべきものはしっかり規制できる法律にしてほしいですね。

金商法適用外の帰結

ここら辺はあっさり。

金商法の適用になると、1.情報開示、2.不公正取引禁止、3.業者規制の3点セットが一気に適用になりますが、VALUは適用外ですから、いずれも適用されません。

情報開示はさておき、重要なのが不公正取引禁止。

すなわち、金商法が適用されると、相場操縦、風説の流布、インサイダー取引などは禁止されますが、VALUには適用されません。

したがって、相場操縦が可能ですから、友人・親戚に依頼しての見せ玉はやり放題です。また、インサイダー取引もOKです。

また、業者規制がないということは、VALU社の財務健全性維持に特に規制がありません。

もちろん、VALU社は手数料もらうだけですが、万が一訴訟などになって損害賠償でもすることになったときに、どこまで強固な財務基盤を持っているかは不明です。

いい加減しつこいですが、VALUにファンダメンタル価値はなく、それを売買できることから生じるバブル価値のみしかありませんから、VALU社がなくなると、保有しているVALUも消えてなくなります。

もちろん、VALU社に何か起きても個々のVALU発行者は元気に生活しているかもしれませんし、VALUで調達してお金で豪遊しまくっているかもしれませんが、VALU保有者が損を丸被りして終わりです。

ファンとして投げ銭しておいて、やっぱり返してくれとは言えません。

刑法の適用

ここもあっさり。

金商法が適用にならなくても、刑法上の詐欺罪が適用される余地はもちろんあります。

もちろん、適用されるかどうかは個々の事案ごとでしょう。

今回の一部有名Youtuberの騒動ですが、私は個人的には、詐欺罪に当たらないと思います。

理由は、VALUを購入した人たちを詐欺の被害者と呼ぶのに違和感があるからです。

優待をドカンとつけるかも的な情報操作が仮に認定されるとしても、それと、ビットコイン口座を持ち、フィンテックに明るく、明らかなバブル相場に転売目的で突入した、VALU取得者の支出との間に因果関係があるのでしょうか。

優待に価値を見出すことと、取得後の時価変動に動揺することの関係が今一つ整理できない。

金商法や会社法で禁止されているような行為を平然と行った点に重大な倫理道徳義務違反はあるでしょうが、それを除いて考えたときに詐欺と呼べるような要素があるのでしょうか。

詐欺に当たるかどうかは、形式的・機械的に判断できるわけではなくて、おそらく実質的な判断要素もあるんでしょう。

そして、被害者と称する人が実際に騙されたかどうかという主観的な判断だけでなく、一般的な人でも騙されかねないような手口だったかどうかという客観的な判断も当然されると思う。

そう考えたとき、これだけITリテラシー格差がある中で、被害者が、ビットコイン口座を持ち、VALUアカウントを開いているような人とした場合に、一般人がどう定義されるのかがわかりません。

一般人は、VALUなんて買わないでしょ。そういうことじゃないのかな。

全体として、刑法犯として処罰するほど悪いことをしたようには見えません。

適当ですいません。よくわからないので。

金融庁の対応

個人的には、金融庁に何やってるんだと言いたい。

VALUは有価証券じゃないから、金商法の適用にならないというのはいい。仕方がない。

ただ、だとしたら、投資証券でもないのに、個人の上場だとか、株式と類似性があるかのような表示をしている場合には取り締まらないとでしょ。

投資証券じゃないとしても、話を聞いたのであれば、インサイダーや相場操縦の犠牲者が出てくるのは容易に想像できただろうに。

であるなら、株式と同じようなものと勘違いして参加してくる人の誤解を解くための仕組みを、監督官庁として(そうじゃないなら消費者庁と連携して)、強く要求してもよかったはず。

グレーゾーンをどこまで行政が取り締まるかは難しいけど、一般国民に被害が出る可能性が高いのであれば、動かなきゃダメでしょう。

行政なんだから、金商法の適用か否かじゃなくて(最終的に法の根拠が必要なのはわかりますが)、取り締まる必要があるかどうかで動いてほしいところ。

何の法的根拠もなく告示一本で獣医学部新設を50年も止めていたどこぞの官庁を少しは見習ってほしいですね。

小括

VALUは金商法の適用外なので、刑法上の詐欺罪に回答する可能性は残っているものの、基本的にやり放題なので参加する方は注意が必要です。

それにしても、金商法の目的は、誰かが定義した『有価証券』なるものを規制することにあるのではなく、規制すべきものを適切に規制することにあるわけですから、今後登場するであろう想定外の新しいものについても、規制すべきであれば、吸収して適切に規制できるような、有価証券の定義を用意しておいてもらいたいですね。

曖昧過ぎない範囲でね。

あと、現状、有価証券には当たらず金商法の適用外になるのは仕方がないにしても、そうであるならば、そうであるからこそ、株式と類似性があるかのように誤解させかねない表示には、行政としてはちゃんと対応してもらいたいと思いますね。

世の中にあるありとあらゆるものは売買可能ですから、そこだけ取り出して、株式に似ているなんて言うのはめちゃくちゃです。

株式の本質であるファンダメンタル価値が無ければ、まったく異質のものです。

総括

株式(というか投資証券全般)の本質は、法人という観念上の人に帰属する財産を分割的に間接所有する点にある。

そして、その分割所有された財産の価値こそが株式のファンダメンタル価値。

もちろん、株式も市場で活発に売買されることにより、バブル的価値が付加膨張してファンダメンタル価値と株価が乖離することはある。

しかし、世の中のありとあらゆるものが譲渡可能であり、バブル価値を持ちうることを考えると、ファンダメンタル価値の存在こそが株式の特徴であることはゆるがない。

この点、個人の財産は、匿名組合はさておき、その財産を法人化して別人格に切り離さない限り間接所有することは不可能。

したがって、個人がいかに株券類似のトレーディングカードを発行してもその裏付け資産はなく、つまりそのファンダメンタル価値はゼロにしかならず、それらが取引されたとしても、形成される市場価格にはバブル価値しかない。

この点において、VALUと株式は全く性質の異なるものであり、そもそも個人の上場というコンセプト自体に無理がある。

結局、VALUは有価証券たり得ず、金融商品取引法の適用対象外となってしまうのはやむを得ない。

その結果、インサイダー取引規制や相場操縦の禁止等、不公正取引規制が適用されず、放置されることになる。

しかし、投機目的の参加者の存在や、市場性を考慮すると、金商法の対象外だから仕方がないとも言ってられない。

有価証券じゃないから適用外ではなく、今後こういった新奇なものが続々と登場してくる可能性もあるのだから、規制すべきと考えられるものは規制できるように、金融商品取引法の適用範囲を包括的に広げておく必要があると思われる。

現状、VALUが金商法の対象外として、金融庁の監督外に置かれるのは仕方がない。

しかし、投資証券とは全く異質のものであるのに、個人の上場などと、ファンダメンタル価値を有する投資証券もしくはその類似品であるかのような誤解を与える表現には、行政庁は適切に対応すべきだったと思われる。

終わりに

話題のVALUについて自分なりに考えてみました。

偉そうにあれこれ語ったものの難しいですね。どうもわかってない気がする。

なお、上記を読むと私がVALUに否定的なような印象を持つかもしれませんが、そんなことはありません。

今までは、一部のプロダクションとかに認められない限り個人が認知されることはなく、仮にYoutuberなど自力で這い上がる人がいても超有名になる以外はなかなか厳しく、グラデーションが無いわけではないけど、0か100に近い世界で、少なくとも80以下は0と同じみたいなもんで資金調達なんてもってのほかでした。

そこを、個人が公然と投げ銭を要求できる仕組みを作り、影響力に応じた資金調達できるようにしたのは画期的。

また、譲渡しやすい仕組みを作って投げ銭しやすいような仕組を作ったのも当然の仕組み。

名をあげたい個人は遠慮なく利用して資金調達すればよいです。

ただ、投資証券であるかのような表記を行ったVALU社はかなり悪質で、対象外だからと言って完全放置した行政もおかしい。

また、一部Youtuber達の徹底的なやり方が良いとは言いません。しかし、だからと言って投機目的で参入した人たちが被害者になるのも違うような気がします。

そもそも投機目的の取引は規約で禁止されていたわけだし。

本来の使い方がされれば、風説の流布などで相場が動くはずがなく、相場を乱高下させたのは発行者ではなく、投機目的の参加者。

投資性・投機性がある以上、もう少し入り口を厳格にする必要はあると思いますが、損を出した人たちの救済は必要ないでしょう。投げ銭なんだから。

また、発行者サイドの問題は、発行者側の信用棄損という制裁で十分だと思います。

今回の騒動では、メディアも叩いている側もVALUと株式の違いに気づかずに、VALUが疑似株式みたいな間違った前提で議論している人たちが大半で、Youtuber達が不公正取引をやって利益を出したかのようになってしまって事実上議論の軌道修正は不能になっています(本当にこわい)。

渦中のYoutuber達も、ここまで世間がVALUを理解しないとは到底予想していないでしょうし、そういう意味では、ここまで大ごとになるとは思ってなかったというのはおそらく本音で、単なる利益取引を資本取引のように誤解させたVALU社の責任が一番重く、彼らも広い意味では被害者と言えるのではないでしょうか。

甘いといわれそうですが、彼らに甘いとは思いません。特に彼らのファンでもないですし、私が贔屓にしているYoutuberはブラックナイト山田だけです。

それにしても、やっぱりバブル論は面白いですね。

このVALU、岩井克人先生、櫻川昌哉先生、小幡績先生など、頭のいいバブル専門家たちの鋭い分析を聞いてみたい話です。

また、石川純治先生あたりに、時価会計と絡めた議論をしてもらいたいところでもある。

もちろん、野口悠紀雄先生あたりにもコメントして頂きたい(私は著書を欠かさず全部読むほどのアンチ)。

佐伯先生は興味ないだろうな。ハーメルンの笛吹きにバカがついていったくらいにしか思わないだろう。

なお、若い人たちは、VALUの発行なり売買なり、余剰資金の範囲内であれば、小口でいいからバンバンやった方が良いと思います。若いんだから。

後から知ったような口をきくのはオジサンたちに任せておけばよいです。

参考文献


根本はここか。まず自分があって次に他者があるのではなく、他者あっての自分でしかなく、他者が作り出す自分と違う自分は消されてしまうのか。


VALUでうまくやりたい人の教科書はこれでしょう。特に、『第3章 ゴールドマンサックス登場』は必読では。


いつの時代も、新領域では既存のルールを無視する連中が発生し、海賊と呼ばれます。もちろん、取り締まらなくてはいけない場合もあるのですが、既存のルールを守らないというだけで取り締まることは、そのまま既得権益の増大をサポートすることにつながるので要注意です。


市場の理解はここから始まる。


いわゆる王道的正統派のバブル論。


資本主義社会では結局世の中全部ねずみ講。


会計を考えるとかえって実態がわかってくるという側面もある。


分散型社会を結構持ち上げるけど、VALUについてどう思ってるんだろうか。


騒動の渦中にいる人から、外野からあれこれ言っている人まで、我々はいったい何をやってるんだろうか。

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