大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず


これ出回っている訳あってるのかな。

前回の記事で、三国志から、私の大好きな龐統の、「火事場で礼儀を守っていればみな焼け死んでしまう」という言葉を引用しましたが、実は、同じ意味の別の故事、しかもかっこいいものがあります。

それは、

大行(たいこう)は細謹(さいきん)を顧(かえり)みず、大礼(たいれい)は小譲(しょうじょう)を辞(じ)せず

というものです。

おおまかな意味は、大きなことを成し遂げようするのであれば細かいことなど気にしてはいけない、といったところです。

これは、『項羽と劉邦』の名場面中の名場面である、鴻門の会で、樊噲(はん かい)が劉邦に言う言葉です。

当時、項羽軍と劉邦軍は楚という国の2大部隊。しかし、名家出身の項羽率いる質量ともに充実した精鋭部隊に対して、劉邦軍は義勇軍的な寄せ集め軍団。

両軍が二手に分かれて秦の首都咸陽を攻め落とすのですが、項羽が敵の主力軍と激闘を繰り広げている間に、劉邦軍はスムーズに進軍して咸陽を占領してしまいます。

しかし、圧倒的な軍勢を誇り、しかも名門出身の項羽はそれが許せない。

さらに、項羽は先を越されて怒るだけなのですが、項羽の軍師であった范増は、劉邦軍の戦いの見事さに、今のうちに劉邦を殺さないと後々まずいことになると警戒します。

まだ圧倒的に力の差があった時代、項羽が怒り狂って、劉邦を自陣に呼びつけるというシーンです。

劉邦の最大のピンチの場面で、項羽としても、劉邦を問い詰めて、殺すつもりで呼び出します。

しかし、ここが項羽の欠点でもあり魅力でもあるのですが、ごめんなさい、ごめんなさいと、へりくだってひたすら謝る劉邦を見て、あっさり許してしまいます。

もう次はないぞなんていいながら、酒宴が始まります。

項羽は、低姿勢の劉邦にすっかり上機嫌なのですが、軍師の范増(はんぞう)は、項羽はどうあれ、今日ここで劉邦を絶対に殺すと息巻いていますから、范増の合図を待った武装した兵隊が酒宴会場にたくさんいて、ものすごい物々しい雰囲気となっています。

いるにいられず、劉邦はトイレと偽って酒宴から抜け出します。

すると、同郷の弟分で、いまや片腕でもある猛将の樊噲が、劉邦にそのまま自陣まで逃げ帰るように迫ります。

しかし、劉邦は項羽にビビりきっていて、挨拶なしに帰ったりしたら、また項羽が怒っちゃうんじゃないかと、そのまま逃げることをためらいます。

そこで樊噲が劉邦に上記のように言って、いいから今すぐ逃げろと言って、逃がすわけです。

大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず。

前半はシンプルで、直訳すると、大きな行いをしようとするものは、細かい謹みを顧みない、となります。

ここで、謹むというのは、物事をなあなあにしない、些細なことにもしっかり取り組むという意味で、そこから転じて、相手に対してかしこまるという意味にもなります。

なお、同じ「つつしむ」でも、控えめにする、軽はずみなことをしないという場合は「慎む」です。

顧みるというのは、気にかけるという意味です。

反省するという場合、同じ「かえりみる」でも、過去のことであれば顧みる、内面的なことであれば省みるです。

気にかけるという意味では常に顧みる。一顧だにしない、三顧の礼など。

つまり、大行は細謹を顧みず、を直訳すると、

大きな行いをしようとする者は、細かいことにしっかりと取り組むことを、(そんなに)気にしたりしない、という意味になります。

問題は、大礼は小譲を辞せず、の方。

これ、ネットで検索するとみんな同じようなことを言っていて、

大きな礼節が守られていれば、小さな謙譲(または謙遜)など問題ではない

といった訳が多いです。

ただ、「小さな謙譲(謙遜)」って何?と思うのは私だけ?

今一つ意味がしっくりこない。

もちろん、場面の状況を意識して、基本的な礼節を守っていれば、ちょっとした挨拶は大した問題じゃない、といった風にしたいのかなと思いますが、「小さな謙譲は問題ではない」で、そういう意味になるのかな。

そもそも、「辞せず」を「問題にしない」と訳すのも、ちょっと意訳しすぎかなと。どっちかというと逆の意味です。

「辞す」というのは、やめる、ことわる、受け取らないという意味です。

辞の左側の舌みたいな文字は、こんがらがった糸をさばくことを意味し、右側の辛は、(罪人に入れ墨を彫る)刃物の象形で、罪を意味します。

つまり、辞とは、もともと、裁判で罪を論じて乱れを裁くその言葉や、供述といった意味ですが、より一般的に言葉という意味になり、そこから転じて、言い訳をする、言い訳をして受け取らないとなって、断る、やめる、いとまごいをするという意味になります。

そして、「辞せず」とか「辞さない」となると、戦争も辞さないとか、訴訟も辞さないとか、やめない、というよりもっと強く、ためらわない、という意味になります。

とすると、大礼は小譲を辞せず、というのは、大礼すなわち礼節をしっかり守って生きるということは、小譲をためらわない、という意味に訳すのが自然かと思います。

そして、小譲とは何かですが、これ、小さな謙譲(謙遜)ではなく、小さな譲歩じゃないだろうか。

譲の右側の襄とは、衣服のポケットにまじないの品をたくさん詰めること、そうやって邪気を払うことを意味します。それに言ベンで譲ですから、譲という字には、言葉で邪気を払う、相手を言葉で責める、なじるという意味があります。

なお、言ベンではなく、手ヘンになると、武力で邪気を打ち払うという意味になり、尊王攘夷の攘となります。

また、ものをたくさん衣服に詰めることをみとめるという点から、ゆずる、自分のものを相手にあげる、さらに、自分を後にして相手を先にするという、いわゆる謙譲の意味が出てきます。

そう考えたときに、小さな謙譲とか、小さな謙遜というのは、「ちょっとした挨拶」のような意味になりそうでならず、変な訳のような気がします

やはり、小さな譲歩、と訳すのが個人的にはしっくりきます。

つまり、大礼は小譲を辞せずとは、ジェントルマンはちょっとした譲歩をためらったりはしないよ、という意味なるんじゃないのかな。

そして、全体的には下記のような意味になるのかと思います。

大きな野望があるんだからあまり細かいことを気にしてもいけないし、また、相手だってそんなつまらんことでは怒らないだろうと。

ちがうかな。

なお、ここは、そもそも樊噲のセリフではありますが、著名な名句を樊噲が引用しただけのように感じます。

樊噲というのは、熱い情と腕っぷしだけが頼みの猛将であって、知性的な人ではありませんからね。

なにより、樊噲オリジナルの言葉は、その次に続く言葉だと思います。

如今(いま)、人は方(まさ)に刀俎(とうそ)たり、我は魚肉たり。何ぞ辞せんや。

意訳すると、今の状況は、項羽をまな板の上の包丁とするとお前は魚だ。包丁にあいさつする魚があるか!という意味です。

そしてその後、樊噲が宴席に単身乗り込み、命がけで項羽と酒の飲み比べをして、劉邦が逃げる時間を稼ぐ、という話です。

今日は、漢和辞典とにらめっこしているだけで終わってしまった。

ここまで読む人が何人いるかわかりませんが、せっかく調べたので記事にしました。

それにしても、漢和辞典ほど、IT機器と相性の良い辞書はないですし、引いてて面白い辞書はないと思います。

あとは、漢辞海がAndroidで出てくれると最高なんですけどね。なぜか、Apple storeだけ。


言われてるほどというか全然重くなくサクサク動きます。まあ私がHuaweiのM3というのも大きいですが。


こっちは高いけど、漢文の例文の訳文はなし。ただ、藤堂先生監修でおもしろい。


はやくアンドロイドアプリ出してほしい。


定期的に漢文を読みたくなる私の愛読書。漢詩、歴史、思想、論語などバリュエーション豊かでしかも背景含めた解説が詳細で、漢文を気楽に拾い読みしたい大人にはお勧め。受験用としてはやりすぎにもほどがある。絶版も当然。学生が買うはずない。

スポンサーリンク