東芝VSあらた監査法人に思うこと


大きな視点が大事です。

なんだか、あらた監査法人が不適正意見の検討をしているとかいうニュースがありますね。

意見不表明どころか不適正意見とは。

いったい何をそんなに熱くなっているのかと言ってはいけないのでしょうか。

ちなみにこれは無知な人間のたわごとなのでまじめに受け取らないでください。

実質的に破綻状態の会社があって、16年3月期、17年3月期、ともに大赤字。

そんな中で、17年3月期に計上された損失の一部は、16年3月期に計上すべきだったと主張しているわけです。

もう、そんなことどうでもいいじゃんか、と言ってはいけないのかな。

半導体事業の行く末、原子炉の廃炉技術の行く末、鉄道や道路のインフラ整備事業の行く末など、東芝の今後を心配して周囲が見守る中、直近の貸借対照表の中身は何も変わらないのに、弁当箱の中のおかずとご飯の境を動かすようなことで、この損失は去年計上すべきか、いや一昨年だなんて、よくもまあ大騒ぎできるよなと思ってしまいます。

「厳格な監査」なる幻想を追い求めたいのはわかるけど、検察や税務署のように捜査権限はない、依頼先から報酬をもらって監査を行う雇われの身、そういった制度の趣旨と限界をちゃんと考えるべきではないかと思います。

期限を切って合理的な手続きをして、合理的な結論を出せばそれでいいのであって、過去を振り返れば気になることはあるかもしれないけど、真実の発見が目的じゃないんだから、破綻している会社の重箱の隅を突いて、俺たちは他と違うぜ的な、自分たちだけの独善的な正義を貫いてどうするんでしょうか。

重箱の隅というというのは言うに失当かもしれませんが、「俺たちの監査は他の監査法人ほど甘くはないぜ!」といった小児病的な態度、かっこよく言えば厳格監査のドグマは、監査法人の交代の論点と合わせてしっかりケリをつけておく必要があるかと思います。

監査法人が交代したときに、新監査法人が、前の監査法人がOKを出した処理に文句をつける(時には監査法人内部の担当者の交代でも起きたりする)、じつはこれよくある話で、無数の会社が事実上泣き寝入りしているのですが、これ以上放置しておくと、監査制度自体の存立が怪しくなります。

何らかの制度的対応が必要なんじゃないだろうか。

それにしても、監査に求められているのは、合理性であり、また、限られた時間の中で合理的な手続きをしたら意見を表明する義務があるのであって、「いや、ちょっと待て、もう少し見たら何かあるかもしれない」なんて疑いだして止まらなくなるなんていうのは、現状の監査制度の否定でしかなく、自分たちの義務をわかってないとしか思えません。

加計学園のニュース見ながら変に闘志に火がついてるのかな。同じノリで、「絶対に知ってたに違いない!」なんて。

たしかに、怪しいけど、17年3月期に計上するロジックに十分筋が通ってるんだから、それで良しとは出来ないものか。

職業倫理を無視しろというのかという反論が聞こえてきそうですが、責任を持つべきは監査手続の合理性で、際限なく疑って無意味な大騒ぎをする方がよっぽど職業倫理に反する。

それでも大騒ぎしたいなら、せめて業界としてこういう場合のソリューションを用意してからにしろと言いたい。

別の監査法人から適正意見をもらっているクライアントに、前期が間違ってますなんて指摘してもクライアントはどうしようもないだろうに。

このニュースを聞いて真っ先に思い出すのは、小学生の頃大好きで何度も読んだ横山光輝の三国志の劉備が蜀に入った時の話です。

実家においてあるから思い出せませんが30巻くらいかな。

魏と呉という2大強国に対し、自分の国を持たない劉備。

そこで、天下の大軍師である諸葛亮孔明が、蜀という国をとるように劉備に勧め、実際に劉備が蜀という国を獲ってから本当の三国志が始まります。

そして、これは、劉備が蜀という国を獲るときの話です。

劉備は自分の精鋭を連れて蜀という国に入るのですが、当然、当時の蜀には劉璋という国王がいて統治しており、ただ最近は外敵に悩まされているということもあって、あくまで同じ劉一族の劉璋を助けるという名目で劉備は自分の軍隊を連れて蜀に入ります。

その時に、劉備に帯同していたのが、孔明と双璧をなす大軍師龐統(ほうとう)。

蜀に入った劉備に、龐統はあっさり言います、「さあ、では劉璋を殺して、この国を乗っ取りましょう」と。

これにびっくりして、劉備は、「そんなことできるわけないだろ!」と怒ります。自分は劉璋を助けるという名目で蜀に来て歓待を受けている。そんな中、劉璋を殺して国を奪ったら天下の民は自分のことをどう思うか考えろと怒るわけです。

それに対して、龐統が言い返すわけです。超名言です。

「火事場で礼儀を守っていたらみんな焼け死んでしまう」と。

今戦うべきは、魏や呉といった大国であり、こんなところで時間を潰している暇はないじゃないか、天下国家の大義のためにあなたは立ち上がったんじゃないのかと。

つまらない正義感は捨ててくれ、殺した理由なんて後からいくらでもでっち上げればよいと。

しかし、人徳の人である劉備は最後まで譲らず、この時ぐだぐだと遠回りの戦略を取ります。個人的には、ここで龐統の言うとおりにしておけば、劉備は天下を取ったのではないかとすら思います。

これは、小学生の自分には、整理できない話でしたし、今でも整理できていません。

倫理や道徳は大事ですが、目的を持った行動においては達成も重要です。また、今は非常事態だから例外だなんて、一度行ったら口癖になること必至で危険でもあります。

自分はファウルしましたと自己申告するべきか、審判の見てないところでファウルしてでも勝つのがサッカーなのか。

少年サッカーを教えている人には身近な悩みかもしれません。

私は超現実主義の龐統が大好きなのですが、本当にそれでよいのかという悩みは消えません。

ピュアな葛藤はさておき、東芝の件、実質的には破綻案件ですから、一番大事なことは、会社内にある経営資産を精査して、将来性のある資産とない資産に区分し、将来性のある資産は、会社をバラバラにしてでも守ることです。

東芝という器の存続に骨を折って、会社の中の重要アセットがつぶれるのだけは避けなくてはなりません。

東芝の上場を維持することに何の意味があるのでしょうかね。とっとと上場廃止にしてバラバラにすればよいのに。

みんながそう思っているときに・・・

損失の帰属時期をめぐる、新日本監査法人とあらた監査法人のいがみ合いなんて、本当にどうでもよい話。

あらた監査法人的には、自分たちは新日本監査法人とは違うぜーと、厳しい監査なる幻想の名代を気取っているのかもしれませんが、周りからすると、またあの連中の無意味なこだわりが始まったとしか思えないでしょう。

誰も得しないのに、終わりの見えない争いを吹っ掛けて何をしたいのだろうか。

いったい何をやってるんだろうか。

いつかの記事で書いた邪推があたってるのかな。

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