東芝と監査法人の喧嘩について


東芝が監査法人を無視して決算発表しました。

はじめに

昨日、東芝が2016年4月から2016年12月までの第3四半期の決算を発表しました(なお、本記事では本決算と四半期決算の細かい差は無視します)。

何がすごいと言っても、監査法人の意見不表明のまま決算発表という前代未聞の事態です。

ただ、第3四半期末の2016年12月末からもう3か月以上かかっていて、4月に入り会社的には3月末の本決算が始まっているわけで、これ以上伸ばすわけにはいかないという東芝の考えもわかります。

監査法人と意見が異なっても、会社として決算発表して前に進まざるを得ないというところでしょう。

そうはいっても、監査法人による監査を経ていない決算って何の意味があるのかと非難ごうごうです。

そこで、本記事では、そもそも一体東芝とPwCあらた監査法人が何をもめているのかを推理してみたいと思います。

争点は過年度修正なのか

一見、東芝と監査法人の喧嘩は下記のような感じに思えます。

東芝
「2016年12月末で7000億円の損失を計上することになりました。理由はアメリカでの原発工事遅延による追加損失です」

監査法人
「おいおい、なんでいきなりそんな巨額損失が出てくるんだよ。それって本当は前期末(2016年3月末)に分かってたんじゃないの?隠したんだろ」

といった感じですが、裏側では少し複雑な会計基準が登場します。

もう少し会計基準に準拠すると下記になります。

東芝
「2016年12月末で7000億円の損失を計上することになりました。理由は2015年12月のS&W社の買収ですが、買収直後にはS&W社の見積もり工事損失は0円だと思ていたのですが、1年間かけて精査したところ買収時点で見積り工事損失が7000億円あり、7000億円の債務超過の会社を買収していたことが2016年12月になって初めて判明したからです」

監査法人
「おいおい、なんでいきなりそんな巨額損失が出てくるんだよ。買収時点ではS&W社の見積り工事損失は0円ってことだったじゃん。確かに買収時点での工事損失は概算になるのはしかたないけど、最終結論が7000億円なのに、1年前の概算0円はおかしいだろ?隠したんだろ」

もし、監査法人の主張が正しいとなると、2016年12月に突然出てきた7000億円の損失の一部は、前期末決算で認識していなければならず、つまり、前期末決算をさかのぼって修正しなくてはなりません。

ただ、そうすると、東芝は2016年3月末時点で債務超過であった可能性が浮上します。

そして、もし前期末で債務超過だったとすると、半導体事業の売却はこれからですから、2017年3月末時点での債務超過はほぼ確定しており、つまり、2期連続で債務超過ということになって自動的に上場廃止となります。

そこで東芝としても譲れないわけなんじゃないかと思います。

意見不表明とは

今回問題になっているのは四半期決算ですから、本決算とちがうのですが、そこら辺の細かい話はスルーで。

もし、東芝内部から2015年12月の日付の、『S&W社の原発工事追加損失見積り(極秘)』みたいな資料が出てきたりして、東芝が買収時点である程度の損失を認識している客観的な証拠が出てきたら、2016年3月の東芝の決算が間違っていることになります。

そうすると、それを前提にしている今期第3四半期決算も間違っていることになります。

そして、まちがった決算書に対して監査法人が表明するのは、この決算書はまちがっているという不適正意見。

それに対して、意見の不表明というのは、資料をひっくり返して見えているのだけど、調査が終わっておらず(十分な裏付けが得られず)、結論が出せないという状況。

あらた監査法人としては、東芝に資料を要求しているのですが出てこないという状況なのだと思います。

ここがポイントの一つですが、監査法人は検察と違って捜査権限が無いので、会社が提示した資料しか見ることは出来ません。

もっとも、もし東芝側で本当に損失を認識していなかったのであれば、いくら疑っても、東芝としては出しようがなく、資料は出てこないはずです。

とすると、東芝が何かを隠しているのか、それとも、本当に何もないのに監査法人が疑心暗鬼で収拾つかなくなっているのか、そういう話なのでしょうか。

もう少し細かく見ていきます。

会計ルール1 買収時の処理

少し背後にある会計ルールを解説します。

米国会計基準ではASU2015-16というルールがあります(こういう言い方でよいのかな)。

これは、M&Aに関するルールです。

企業を買収する時には、買収先企業をいろいろチェックするのですが、実際には時間がかかります。

買収前にデューデリジェンスと言って調査するのですが、所詮は期限を切っての外からの評価なので、概算計算でしかありません。

買収後、自分の支配下の企業として念入りにチェックしていくのですが、調べれば調べるほどいろいろ出てくるのが通常で、調べ終わるのに時間がかかわるわけです。

そういった実務を受けてのルールです。

買収にかかる会計処理を、買収直後は概算で処理してよいのですが、1年以内に調査しつくして、最終処理をしなくてはならないというルールです。

そして、概算と最終結果の差額の調整は、調査が終わった日の会計期間の損益とすればよくて、買収日が含まれる事業年度の決算が終わっていれば、さかのぼってそれを修正する必要はないよ、となっています。

会計ルール2 のれんの処理

普通、企業買収というのは、企業を、その帳簿価額よりも高値で買います。

今は10億の企業だけど、将来100億の企業になると見込んで買うわけですから、当然10億以上の値が付きます。

例えば30億円で10億円の会社を買うわけですが、その差額の20億円がのれんであり、資産となります。

もっとも、その会社が予定通り成長しないと、とんだ見込み違いだったということで、のれんという謎の資産は減損されます。

時々、レアなのですが、買収先企業が債務超過の場合があります。

債務超過だからと言って将来性が無いわけではなく、経営が失敗して債務超過になったけど、将来性のある技術を持っている場合、その会社は取り合いになり、債務超過つまりその時点でマイナスの価値の会社に値が付くこともあります。

例えば、10億円の債務超過の会社を20億円で買った場合、-10億円を20億円で買ったわけですから、のれんは30億円となります。

人の借金をお金を出して買うような感じではありますが、将来性のある人間の借金を肩代わりして、面倒見る人がいるように、買収後に自分の事業で買収先の持っていた技術を利用してヒット商品などを開発できれば、十分価値のある話であって、不合理でもありません。

会計ルール3 東芝の場合

今回の東芝の損失は、上記の買収ルールとのれんの話の合わせ技のせいで少し分かりにくくなっています。

まず、今回のS&Wの買収、2015年の買収時点では、帳簿価格と買収価格が同じということでのれんは計上されませんでした。

しかし、買収から一年後の2016年12月、東芝は買収ルールに基づいて、買収企業S&Wの買収時点での資産状況の最終結果を公表します。

そうしたら、実はS&Wの買収時点での資産状況をチェックすると、原発工事の追加費用負担の見積もりが約7000億円あり、買収時点でS&Wは7000億円の債務超過であることが判明したという結果です。

とすると、買収時点で債務超過の会社を買収したわけですから、7000億円ののれんが計上されます(取得価額は小さいので度外視)。

しかし、将来の有望性を考慮して債務超過の会社を買ったわけではなく、ふたを開けてみたら債務超過だったということですから、のれんを計上する根拠がありません。

したがって、1年かけて調査したら買収時点でS&Wに7000億円の工事損失引当金があったということは、そのままイコール買収時点で7000億円ののれんが計上されることを意味し、しかもそののれんの計上根拠はありませんから、そのままイコール7000億円の減損損失が計上されることを意味します。

上述の買収ルール上、買収時点の概算結果と1年後の詳細調査結果の差異は、詳細調査結果終了日の属する事業年度で計上すればよいわけで、7000億円の損失は、東芝の言うように、2016年12月に計上するのはルール上問題はありません。

損失の認識時期でもめてるらしいですが、適時開示はさておき、基準上、追加損失を第1四半期や第2四半期に計上すべきだったという話ではないでしょう。

ただ、問題は、買収時点の概算で工事損失を全く認識していなかった点。

ここを監査法人は疑っているのだと思います。

非常に巧妙な損失隠しがなされていて東芝も騙されたとかなら別ですが、経緯からいって気づいていた可能性が高いだろうと。

特に、長年にわたって粉飾を見逃していた新日本監査法人との入れ替わりに、「うちの監査は新日本のように甘くないよ」と意気揚々と乗り込んできたあらた監査法人にしてみれば、第1四半期、第2四半期の決算書にはお墨付きを与えており、2017年3月末は黒字ですなんて言う決算短信を出すのを許していた以上、いきなり7000億円の損失計上なんて、赤っ恥以外の何物でもありませんから、「はいそうですか」というわけにはいきません。

監査法人というのはどいつもこいつも一体何やってたんだという話になりますから、東芝は隠していた、そして、それは2016年3月決算を乗り切るため買収時点から始まっていたんだという流れに向かいます。

S&W社買収の経緯を見てみます。

S&W買収の経緯

監査法人が買収時点での概算処理における損失隠しを疑うのは、ウェスチングハウス(WEC)によるS&W買収の経緯があるからです。

一体なんで、こんな会社を買収することになったのでしょうか。

まず、アメリカで受注した原発工事が大幅に遅れていました。

そこで一番腹を立てていたのは発注元の電力会社です。

911を受けた安全基準の見直しや、日本の3.11地震を受けての厳しい安全性テストなどの理由はあったにせよ、あまりの遅れに、電力会社は工事の遅れから生じるこれ以上の追加コストはお前らで負担しろと、WECを提訴していました。

その提訴を受けて、WECは下請け的な施工会社であるS&Wを提訴(ざっくりいうと原子炉の製造がWEC担当でその周りの施設や土木がS&W担当)。

電力会社から訴えられた追加コストの内部負担を巡ってWECとS&Wで泥沼の訴訟合戦開始。

これを一番嫌がったのは親会社の東芝です。

何故かというと、2015年5月に発覚した粉飾決算問題が9月に収まったかと思いきや、11月12月に、東芝の業績がヤバいらしいとマスコミの報道が過熱します。そして、その中で、どうやら原発事業が相当ヤバいらしいとの報道が登場します(結果的に正しかった)。

マスコミの報道を裏付けるように、東芝は12月に巨額赤字の業績予想を開示し、一体東芝はどうなっているんだという論調に火が付きます。

しかし、東芝はあれこれ理由をつけて、原発事業に火が及ぶのだけは避けようとします。

アメリカで原発事業が上手くいっておらず、それどころか訴訟合戦が始まっているなんてことが明るみに出て、3500億円の「のれん」という爆弾を抱えた原発事業が注目されるのだけは避けたかったわけです。

そこで、訴訟を取り下げてもらうように動くのですが、相手方の電力会社が突き付けた条件が2つ。

1.内輪もめしてないで、WECはS&Wを買収して、責任もって原発を完成させろ。
2.5億ドル以上の追加損失は全てWEC側で負担しろ

結局これを東芝は飲んでしまい、WECはS&Wを買収するとともに、追加工事損失は全てWEC側で負担するために、S&Wは原発工事を固定価格契約で受注するという契約書にサインしてしまう。

その成果(?)もあり、2016年3月期の決算では、原発関連の損失はほどほどのところで終え、それ以外の巨額損失を出しつつも、メディカル事業売却で穴埋めし、何とか債務超過を免れます。

しかし、2016年になって7000億円の損失計上が突然登場。

状況的に、2015年12月以降2016年3月の決算が固まるまで、原発事業の損を隠そうとした疑いは濃厚です。

必死にWECの減損を死守していたのですが、実はその裏でもっと大きな損失が発生していて、それを隠していたんだろうという話です。

やはり、東芝側の損失隠しがあったのでしょうか。

東芝の内部調査

監査法人との協議を受けて、東芝の監査委員会は外部弁護士などもいれて、この問題を調査しています。

東芝はこの調査経緯を決算と一緒に開示しています。

内部通報などがあり、どうやら、買収にかかる処理に関して一部不適切なプレッシャーをかけた役員がいることが判明します。

そこで、監査委員会の調査は進むのですが、確かにプレッシャーをかけるような発言はあったものの、それを受けて損失隠しが行われた証拠はないというのが監査委員会の結論となります。

しかし、それでも監査法人は納得しないわけです。

それは何ででしょうか。

(なお、東芝の監査委員は様々な問題を受けて現在、東芝OBとかではなく、検事出身の元最高裁判事や元大手監査法人の代表社員などのスーパーメンバーから構成されます。その人たちが、出せる資料は出したじゃないか、それでも意見出さないなら決算発表を強行すべきと判断したのは、なかなか重い問題で、監査法人と戦う意思だけでなく力もあると思います。そこがかなり気になる。)

損失隠しから内部統制の不備へ

損失隠しを疑っていた監査法人も監査委員会の報告を受けて、損失隠しはなかったのかもと思っているかもしれません(なわけないかな)。

しかし、実はそれはもっと大きな疑念を連れてきます。

7000億円の追加損失が発生する工事状況を見て、追加損失は0円と判断した会社は一体どうなってるんだという疑問です。

工事の進捗状況、つまり工事が大幅に遅れて煮詰まっているという状況自体が2015年12月時点に存在していたのは動かない事実なわけです。

経営陣が隠したのでなくても、WECとS&Wはともに現場で作業しているわけですから、どこかに絶対気付いている人がいて、それを上層部に伝えていないゲートキーパー(使い方間違ってるけど)がいたはずなわけです。

しかし、東芝は、隠したんじゃなくて、買収時点では全く気づいていませんでしたみたいなことを言っているから、監査法人としては、そんな会社体制じゃ余計だめだろということになっているのだと思います。

監査というと帳簿をひっくり返して調べることを想像する人もいるかもしれませんが、東芝クラスの会社の帳簿なんかとても分析できる取引量ではなく、監査も、会社が上場企業にふさわしい決算体制が整備されていることを前提にします。

むしろ、その体制の監査こそが肝で、会社の決算体制(内部統制)が機能していないとなると、上場企業の監査なんかとてもじゃないですができません。

それは現場監督者などかもしれませんが、この工事はとてもじゃないけど終わらない、もしくは全く進捗していないとか、すさまじい追加費用が必要だと早いタイミングで認識した人が絶対にいるに決まってます。

買収時点での現場のそういった声が、どこで途絶えたかを明らかにしないと絶対に監査意見なんて出せないと思います。

東芝はプレスリリースで、監査委員会も十分に調査したし、損失を減らすよう不適切なプレッシャーをかけた一部の経営者がいたことは事実だが、その結果会計処理がゆがめられた証拠はないと主張しています。

しかし、監査法人としては、「お前ら隠したんだろ!」という経営陣追及のフェーズは終わっていて、「だとしたら壊滅的な進捗状況を見て追加損失は0円と判断とか、7000億円の損失が一年間一切伝わってこないとか、会社の内部統制は一体どうなってんだよ」と、組織の内部統制の根本を疑う方向に目は向いているのだと思います。

「お宅の会社ではどのように工事の進捗管理をしていて、最初に工事の巨額損失を認識したのは誰で、それが上層部に伝わるまでなぜ1年間かかったのか教えて欲しい、それが判明しないと決算書なんて何も信用できない」というところだと思います。

まあ、東芝の監査引き受けておいて今さら何言ってんだという感じもありますが。

まとめ

東芝側は、損失隠しなんてしてないし、本当に知らなかった。確かに、不適切なプレッシャーをかけた一部役員がいたが、その結果として損失を隠した証拠はないと一生懸命にアピールしています。

しかし、監査法人側からすると、もしそうなら問題はもっと深刻なわけです。

追加で7000億円かかる損失を0円と見積もった原子力部門、そしてそれが上層部に伝わるまでに一年かかる組織ってどうなってるんだという話です。

そんな会社の財務諸表の保証なんてできるかと。

第1四半期と、第2四半期はもう意見付けちゃったけど、どうしてくれんだと(笑)。

終わりに

「7000億円の損失に気付くまで1年かかる会社なんてあるはずないだろ!」と監査法人が言った場合、私が東芝の役員ならこういいます。

「うちの監査引き受けたあんたらに言われたくない」と。

まあ、東芝も監査業界も共に年貢の納め時でしょう。

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