にわかタックスヘイヴン4


アドビ事件とアマゾン事件です。

はじめに

前回の記事で、タックスヘイヴンを用いた租税回避として機能移転の話をしました。

少し、角度を変えて復習します。

企業グループ全体の利益のうち、これは税率40%の日本ではなく、税率5%のX国で稼いだんですと、一部を税金の安い国に付け替えてしまえば、その分だけ税金は安くなります。

そのために、日本の会社としては、タックスヘイヴンに作った会社に稼ぎの一部を経費として払ってしまえばよいわけです。

しかし、ペーパーカンパニーを作って、その実体のない会社に帳簿上だけ付け替えればOKというのは漫画の世界であり、実際にはそんなにうまくいきません。

日本の税務調査としても、帳簿上、どの会社にどういう名目でいくら支払ったかは調査可能です。もちろん、相手先がカリブ海の小島にある会社であれば、それがペーパーカンパニーなのか、実体ある会社なのかはわかりません。

しかも、前回の記事で説明したように、タックスヘイヴン国というのは、向こうも本気でタックスヘイヴンやってますから、実はけっこう厄介で、税法や金融法制がやたらゆるいくせに、スイスのまねして秘密保護法制だけやたらしっかり整備していて、問い合わせても教えてくれません。

もちろん、一番有名なケイマンのように、タックスヘイブンのブラックリストから名前を外してもらうために、各国政府に情報提供することを約束した地域もありますが、ケイマンはその協定に基づき「頑張って調べましたが分かりません」という回答を絶賛連発中です。まあ、カリブ海の小島に無数の資金が流れ込んでいるわけで、村役場みたいな政府の手におえる情報量ではなく、実際に知らないからどうしようもないわけです。

そうはいっても、日本の税務当局としては、日本法人に対しては、一体どんなサービスを受けてこんな莫大な金額を支払ったのかと追い込むことが出来ます。サービスの中身の突込みは日本で十分にできます。そして、支払った金額に見合うだけのサービスを受けていないと分かれば、伝家の宝刀、交際費として処理するだけですから何とかなります。

結局のところ、ペーパーカンパニーさえあれ、所得の付け替えはなんとかなるわけではなく、実際に、ビジネスの機能を移転して、その地域で計上する所得を説明する必要があるわけです。

そのために、スターバックスのように、グローバルなコーヒー豆仕入れセンターをスイスに作ったり、その進化系として、商標権だけタックスヘイヴンに移転して、ライセンス料の名目で、世界中からタックスヘイヴンに所得を吸い上げるという方法があるわけです。

単にペーパーカンパニーを作って帳簿上通過させるだけでは通用しませんが、課税当局が「ムムム」とうなる、筋の通る説明を何でもよいから作り出せばよいわけです。

形式的ではあっても、正当な理由さえあれば、税金を払いたくないからこその施策ではあるのですが、間違いなく脱税ではありません。どれだけ不満を持っても、法律に基づいて国家を運営していこうという観点からは、合法になります。タックスヘイヴンに所得が計上される正当な理由がある以上どうしようもないのです。

しかし、日本の税務当局が、いい加減にしろと果敢に戦ったケースがあり、その代表例の相手方が、ご存知アマゾンとアドビです。なお残念ながら、結果は税務署2敗。

アドビ事件

このアドビ事件も非常にわかりやすくて良い例です。

これは、海外に機能移転をするにともない、日本の利益の一部を海外に移転したケースで、日系企業にありがちな何の意味があるのか不明なグループ再編とは異なり、世界中で支払う税金を減らすための、お手本のようなグループ再編です。しかし、日本の当局としては、見た目上何もビジネスが変わってないのに、日本に支払う税金が減ったわけですから、ちょっと待てと乗り込んだケースです。

つまり、もともと、スターバックスのような仕組みをもったグローバル企業が日本に進出してきた場合と違って、既に日本でビジネスを展開していた会社が、やってることは何も変わらないのに、グループ再編を利用して、日本に落とす税金を減らしたケースです。

具体的に診ていくと、アドビは従来、海外親会社の下に日本法人があって、日本でソフトウェアの販売と各種マーケティングを行っていました。それを、グループ再編により、海外にグローバル販売子会社を作って、そこが日本にソフトウェアを売ってることにして、日本法人はその販売の手伝い(マーケティング)のみをしている立て付けにしました。

つまり、フォトショップとかのアドビ製のソフトウェアを家電量販店で買うときに、従来その家電量販店はアドビ日本法人から仕入れていましたが、アドビのグループ再編の結果、家電量販店は海外の新アドビ販売子会社から仕入れることになりました。

もっとも、日本法人自体は存続し、従来通り日本でのマーケティング業務は行っています。個人的な勝手な推測では、仕入れ先が海外になると言っても、それは形式上のことで、家電量販店の仕入れ担当者的には、販促活動という名の下に日本法人が間に入ってくれて、話をする相手等は一切変わっていないとみます。

しかし、超ざっくり言うと、従来の日本法人における、親会社から仕入れて日本の家電量販店に売ることで生じていた利益が日本につかなくなりますから、結局日本法人の利益は減ります。数字だけで言うと、日本国内での売上高の10%位が日本で利益計上されていたらしいのですが1.5%にしたそうです。

そこで、税務当局は、売上の1.5%しか日本で利益計上しないのはおかしいだろと文句をつけたのですが、アドビ側が不服として訴訟に出て、結局高裁で税務当局が負けました。

その理由は、いろいろあるのですが、結構形式的な話で、子会社とはいえ仕入れて売ってる会社と、販促活動のみしている会社では当然売上に対する貢献は違うという理屈。

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私はこういう話を聞くと、もちろん、裁判官がめちゃくちゃ頭が良いのは知っていますし、いろいろと事情があるのはわかるのですが、日本の裁判所は馬鹿だなと思います。理由なんてなんでもいいから取ればよいのに、というのは横暴なんでしょうか。日本国内のソフトウェア売上高の1.5%だけが日本法人の利益で、それ以外の利益は海外の販売子会社のものだという結論自体に何とも思わないのでしょうか。

法律上そう考えざるを得ないなんて言うのは、法律家がよく言うセリフですが、それが顧問弁護士だったりして、そこを何とかするためにあんたに高い金払ってるんだろと、新人弁護士に雇い主側が怒るというのよくあるやり取りですが、相手が裁判官だと誰も言えないのが難しいところ。

しかし、この訴訟をやってた頃は、まだソフトウェアといっても、CD-ROMで買っていた時代ですから、もしかしたら何とか出来たかもしれませんが、今の時代はさすがにどうしようもないでしょう。

今はソフトウェア販売と言っても、モノがなくてデータだけですから、海外にダウンロード販売用のサイトやクラウドセンターを作れば、完全にそのサイトのあるサーバーの国の利益です。販促活動なんて言うのも、海外で共通化している建前にしてしまえば、日本法人に落ちるのはせいぜい翻訳代相当額になってもおかしくありません。

アマゾン事件

これはなんとなく想像つくかもしれません。

アマゾンのヨーロッパ系はジャーナリストさん達にかなり調べられていて、どうやらルクセンブルク(当然タックスヘイヴン)に通販業務の頭脳拠点があって、そこに収益が集中する仕組みを作って、やはり節税しているらしいみたいです。

ただ、当然、上のアドビにしろ、スターバックスにしろ、自分たちで、私たちはこういう税務スキームにしていますと公表しているわけではないですから、分からないことも多く、日本のアマゾンの仕組みは良く分かっていないと思います。特に、訴訟まで行ってないから、下記の話の顛末も推測でしかない点は要注意。

2009年に税務署がアマゾンの日本法人に更正処分をして、140億円の追徴課税をしました。

その時の報道を見る限り、仕組みは簡単。

アマゾンジャパン(厳密にはいくつか法人がありますが説明の便宜上まとめます)は、自分たちアマゾンジャパンは、米国アマゾンの日本における販売のサポートや物流支援をしているだけで、あくまで日本での通販事業から生じる利益は米国アマゾンのものという建前を取っていたようです。

要するに基幹業務たる通販機能は日本にはなく、あるのは支援業務のみという説明。

それに対して、日本当局が、日本に有るでっかい物流センターは、米国アマゾンの通販事業の日本拠点といってよく、日本支店みたいなもんなのだから、日本での通販事業から生じる利益は日本で申告しろと迫ったもの。

しかし、ここで厄介なことが起きる。

つまり、アマゾンの言い分は、日本での通販事業から生じる利益も米国アマゾンの利益であり、米国で申告すればよい(もちろん、さらにアメリカからタックスヘイヴンに吸い上げる仕組みがあるのかな?)。そして、アマゾンジャパンには、販促サポートや物流サポートの対価としてしかるべき手数料を払っているのだから、その分だけ日本で申告すればよい。

日本の会社から80円で仕入れて日本人に100円で売ったとしても20円の利益は米国法人のものだが、100円のうちの数%を物流・販促サポート費用として日本法人に支払ってるんだから、その手数料収入が日本での利益ということ。

そして、日本の言い分は、米国アマゾンは日本の通販事業から生じた利益は日本で申告すべき。つまり、米国で納付した税金の一部は日本に支払うべき税金である。

上記の数字例で行くと、20円は日本で申告すべき利益だろという主張。

なんとなく予想がつくと思いますが、ここでアマゾンが異議を唱えた時に出てくるのが、アメリカ当局。

日本の主張は、米国アマゾンがアメリカで申告した税金の一部をアメリカではなく日本に払えと言っているのと同じですから、事実上の交渉相手はアメリカ。

結局、日米租税条約に基づき、日米協議が開かれ、話はまとまったらしい。要するに、国税庁がボコボコにされて、追徴課税が取り消されたということ。

新しいルールの必要性は認めるが、既存のルールにおいてはどうしようもない、なんて言われたんでしょう

どうせなら、「近年のIT化やグローバル化を踏まえた新ルール作りの必要性について意見が一致するとともに、早期実現に向けて両国で協力していくことで合意した」みたいなプレスリリース出せば良いのに。

終わりに

アドビ事件とアマゾン事件を見ましたが、考えていくと、日本の問題というより、世界中の政府にとっても、どうしようもないところまで来ています。

特に、アマゾンの場合はまだモノが動いているので、世界で歩調を合わせさえすれば何とかできそうですが、アドビのようにモノが移動しない企業の租税回避の取り締まりは本当に難しいような気がします。

しかも、最終的に、じゃあどこに払うんだよという問題になると、各国がそれは自分のところだろと言いだすのは容易に想像つきます。

そういう意味では昔から何も変わっていないということか。