マシュマロ・テスト


有名な心理学の実験です。

単純なテストで、4歳児のまえにお皿を置いてその上にマシュマロ(もしくはオレオ)を一つを置きます。そして、食べてよいのだけど、15分後にまたくるからその時まで食べなかったらもう一つあげると言って部屋を去ります。

その後、おもちゃや絵本のようなお菓子から気をそらせるものは何もない部屋に、ポツンと4歳児はマシュマロと共に残され、心無い心理学者たちがマジックミラー越しにその様子を観察するという実験です。

結果としては、3分の2の子供はマシュマロを食べてしまい、残りの3分の1の子供は食べずに我慢しました。

ただ、この実験の有名なところは、それから10年から15年後に、同じ子供たちに行った知能テストにあります(知能以外の比較もいろいろとある)。

なんとなく予想できるでしょうが、マシュマロを我慢した子供たちがの方が、知能テストで大幅に高い点数を取ったそうです。

この実験から、知能向上(はては人生の成功)のためには、セルフコントロールが重要で、他の実験などと合わせて、それは幼少期のしつけによって向上できるなどと言われます。

私はこういう話を聞くと、本当かよと疑ってかかる系の人間で、4歳の時にマシュマロ食べたかどうか人生が決まってたまるかと思ってしまうのですが、考えるところもあります。

それは、食べなかった子供たちの多くが、数を数えたり、後ろ向いたり、目を覆ったりして15分乗り切る点にあります。

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日本では、このセルフコントロールを自制心と訳し、どうもなにか、食べたい欲求に対して歯を食いしばって打ち克つ強い心みたいなものを育てようとしている気がします。

しかし、実際に食べなかった子供たちは、すぐに食べたい自分の欲求を発見し、子供心ながらそれを正面から認めたうえで、なんとか気をそらせて、耐えたわけです。

目先の小さな欲には勝たないといけないのですが、欲とは別に、心の中にもう一つそれを倒す自制心という名の正義の心を育てようみたいな考えは間違いだと思います。

欲があって、それはどうしようもないから、何とかして気をそらせてやり過ごそうと工夫することこそが知性の役割で、「克己」などと念仏を唱えて、つまらない欲にまみれた愚かな自分を打ち消そうと必死になるのは、ある意味知性の放棄であって、いずれ本当の自分に負ける運命にあります。

筋トレもそうで、継続しなきゃいけないのはわかっているのですが、楽しいのは最初の2週間くらいで、だんだん面倒になってきます。そこで、あらかじめ予約が必要なパーソナルトレーニングの出番で、自分を強制する契機になります。

そう考えると、私のところではキャンセルは自由で、当日キャンセル含めてキャンセル料は一切いただかない方針にしているのですが、キャンセル料取ったほうが良いのかな。

私ではなく、お客様のために。