映画評:クリード チャンプを継ぐ男


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たまには映画評でも書いてみようかと。

作品は、『クリード チャンプを継ぐ男』です。

007とスターウォーズの陰に隠れてしまっている感がありますが、結構前評判が高かったので見てきました。

面白かったです。

内容は、『ロッキー』の続編というより、スピンオフ。

主人公は、アポロの息子アドニス。

ただ、一言でスピンオフ作品と言ってしまうのがためらわれるような映画です。

何故かというと、『ロッキー』シリーズとは完全にテーマが違うように思えたからです。

もちろん、この映画も『ロッキー』シリーズもともにボクシング映画ではありますが、『ロッキー』シリーズで主人公ロッキーは、相手と闘うだけでなく、自分の人生において何か大事なもののために闘っているわけですし、そこが感動を呼ぶわけです。

その点、この映画の主人公が闘っているものは全然違います。闘っているものを自分の人生などと一言で言ってしまえば同じなんでしょうが、闘い方が違うというのかな。

『ロッキー』シリーズの場合は、闘い方というかその描写が、いわゆるアメリカンドリームのような、ポジティブで王道的なものですが、この映画ではその描き方が完全にブラックムービーのそれ。

全編を通してBGMがヒップホップだったりするあたりからして、映画の雰囲気も全然『ロッキー』じゃない。

アポロの息子だが、父を知らず、Youtubeで父とロッキーの試合を見てあこがれるアドニス。

自分を一人の人間としてみてほしいと世間に願うも、世間はアポロの息子としか見ない。

こうなりたいと思う自分となれない自分。

こうであってほしい世間とぜんぜんそうなってくれない世間。

その一方で、自分よりもはるかに過酷な境遇にあっても前向きに生きる恋人と、それと比べればはるかに恵まれている自分。

そんな中でむしゃくしゃし、どうしてよいかわからずイライラする。

しかし、黒人少年たちがバイクをウィリーさせて街中を走り回る、フィラデルフィアの、治安の最悪そうな地区のさびれたジムで練習に励む中で目覚める自分のDNA。

伝説の王者アポロの血とかではなく、アポロ自体を伝説の王者にした根本要因でもあろう自分のルーツ的なものに目覚め(ここまで言って良いかどうかは不明ですが)、自分というものの内側から湧いてくる闘志のようなもの。

その部分の描き方が完全にブラックムービーであって、『ロッキー』シリーズとこの映画を明確に分けるものだと思います。

ど派手なファイトシーンももちろん売りなんだろうけど、闘いそのものや困難を乗り越える姿ではなく、人間の根底にある、ルーツのような、心の内側のもう一段下にあるものも描こうとしている映画のような気がします。

予告編にも登場する、周りを不良少年たちがバイクでウィリー走行する中をランニングするシーンは、『ロッキー』シリーズへのオマージュなのでしょうが、愛のためでも、友のためでも、師匠のためでも、名誉のためでもなく、そういったポジティブなもののために頑張る、『ロッキー』シリーズのメインテーマともいえる、ハッピーなサクセスストーリーにしたくないというこだわりを感じます。

アドニスの境遇そのものが彼を闘いに向かわせるかのような描き方、そして、自分は自分であって”アポロの息子”ではないという強い思いの下で、じゃあ自分のアイデンティティは何かという悩みの末に戻る原点は、貧しく治安の悪い地区で喧嘩に明け暮れた不良少年時代であり、その境遇ゆえに心の奥底から闘いへの意志が生み出されるてくるかのような演出に強烈な主張を感じます。

幸せな現代社会で普通の生活を捨ててあえて危険を犯し闘う理由やその結果得られる栄光ではなく、闘わないでは生きていけない人間とそれを生み出した境遇こそがテーマであり、完全にブラックムービーの範疇だと思います。

そう考えると、『ロッキー』よりも『明日のジョー』に近いか。

深読みというか勝手読みしすぎだろうか。

いずれにせよ、カッコよくて、シンプルではなく複雑で、とても現代的な映画だと思いました。

非常に気に入りました。

とても面白かったです。

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